第9話 遊園地での戦い

  遊園地内は、たった一人の怪人の出現により、騒然としていた。大勢の人々は、遊園地の出口を目指し、我先にと、駆け回っていた。


  阿多と愛花も、その人々に交ざり、出口の手前まで辿り着いた。


 阿多は、愛花と逃げている間、色んな思考が、駆け巡っていた。自分はこのまま、愛花と一緒に逃げていいのだろうかと……。


 このまま逃げ切れば、自分達は助かり、愛花と結ばれ、ハッピーエンドとなるかもしれない。しかし、逃げ遅れた人達を見捨てて、このまま自分達だけ、幸せになっていいのか?


今、自分は逃げ遅れた人達を、助ける事が出来るのだ。この左手首に装着された、ブレストというヒーローの力で……。


 阿多は、出口の手前で立ち止まり、愛花と繋いでいた手を放す。そして、さっきまで走って来た、後ろの道を振り返る。


「ごめん、愛花さん。愛花さんはこのまま、出口を出て、安全な所まで逃げて。僕は逃げ遅れた人達を、助けに行くよ」


「え、嫌よ。一人じゃ逃げれないよ。私も残って、阿多君と一緒に助けに行くよ」


「僕は大丈夫。ヒーローの知り合いもいるし、こういうの慣れてるから。僕は愛花さんに、危険な目に遭って欲しくないから、このまま避難して欲しい」


「でも……」


「お願いだ。僕も、ちゃんと残った人達を助けたら、無事、戻って来るから」


 阿多は、愛花の目を見つめながら、説得をする。愛花も、阿多の真剣な思いと決意を感じ、これ以上、彼を止めることが出来ないと察する。


「うん、分かった。でも約束だよ。絶対、無事に帰って来てね」


「うん、約束するよ」


 阿多は、愛花にニコリと微笑むと、振り返り、遊園地の奥へと、走って行った。愛花は、しばらく阿多を見送った後、阿多に言われた通り、出口に向かって走り出した。


 阿多は走りながら、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。そして、駄段に電話を掛ける。


「もしもし、駄段さん? 阿多です。今、S市の遊園地にいるんですけど、怪人が暴れています。至急、誰か応援のヒーローを、向かわせて下さい」


「もしもし、阿多君か? 遊園地にいるのか? さすがだな。君は怪人を惹きつける何かを、持っているな。こちらには既に、怪人の連絡が入っている。山田君……。あぁ、つまり、ウインドキッドも既に遊園地にいる。彼と合流して、対応してくれ。他のヒーローもすぐに向かわせる」


 山田君……。あの英雄仮面同盟の本部の一室で、嫌味な態度で接してきた、アイツかと、阿多は浮かない顔で思い出す。


 しかし、危機的な状況なだけに、同じヒーローが近くにいるというのは、心強いなと少し安心する。


「分かりました、駄段さん。山田さんと協力して、何とか怪人を止めてみます」


「頼むぞ。君のクレイジーフールは、戦いになれば、負ける事はない。しかし、場所が遊園地なだけに、アホになると戦わずに、遊んでしまうかもしれん。そこが、気掛かりじゃ」


 阿多は走りながら、思わず苦笑いする。自分の事ながら、どんだけ頭が悪くなるんだよと、ツッコミたくなる。


 阿多が電話しながら、走っていると、まだ遠くの方だが、緑の物体が目に映る。アイツだと、阿多はさっき自分がコショウを、投げ付けた怪人だと確信する。


 阿多の、二度目の怪人との戦いが、こうして始まろうとしていた。




 カマキリの怪人、カマキリンは、怪人人生の中で、今一番、怒っていた。


  悪役怪人協会のナンバー2の、この幹部の自分の目に、コショウを投げ付ける、不届きな人間がいたのだ。そのおかげで、視界がしばらく奪われ、殺す予定だった多くの人間達に、ことごとく逃げられたのである。


「あの男、絶対に許さん!!」


 怪人カマキリンは、自分のプライドを、大きく傷付けた男を、血眼になって、探していた。


  辺りを見回しながら、歩いていると、カマキリンは遊園地の広場に、差し掛かった。


 広場には、硬貨を入れると動き出す、四つん這いのパンダの乗り物が、三台ほど放置されている。首の所には”パンダちゃん”と明記されていた。


「何がパンダちゃんだ!」


 カマキリンは頭に来て、目の前のパンダの乗り物を、蹴飛ばす。このまま怪人協会に帰れば、部下達に任務を失敗した無能と揶揄され、ボスである怪人ブラックハートに、どんな罰を与えられるか。カマキリンは、何かしらの怪人としての成果が、欲しかった。


 カマキリンが、辺りの捜索をしていると、彼はメリーゴーランドの前で、親とはぐれて泣いている男の子を発見した。


 カマキリンはニヤリと笑うと、高速で移動し、男の子の目の前に立った。男の子は、この怪人に驚き、逃げようとするが、怪人は素早く移動し、行く手を阻む。


 阿多は、その様子を伺い、木の影に身を隠す。ゴリクマオトコの事件の時、自分の決断の遅さの為に、犠牲になった人の事を、思い出す。


  もう、二度と、あんな思いはしたくない……。


  阿多は、左手のブレストを、目で確認し、腕を交差して変身と叫ぶ。全身が光に覆われ、力がみなぎって来る。と、同時に、頭の中がぼやけて来る感覚に襲われる。


  あぁ、今、自分は強くなっていっている代わりに、アホになっていっているのだなと、薄れていく意識の中で、変化していく自分の肉体を、阿多はボーッと眺めていた。


  カマキリンは、男の子がこの怪人から、逃げられないと悟り、その場に泣き崩れたのを、確認すると、大鎌と一体化している右腕を振り上げた。


  カマキリンは、遠く離れた後方で、キャァと言う女性の悲鳴声を聞く。目の前で子供が怪人の俺に殺されようとして、なすすべなく泣き叫んでいるのだろう。満面の笑みを浮かべ、カマキリンはそう思った。


  が、次の瞬間、さっきの考えを否定する。予想だにしない光景をカマキリンは目の当たりにする。


  瞬間的に、後方の女性に視線を送ったカマキリンが見たモノは、嫌がる女性に抱き付いて離れない、気持ち悪い笑顔の男の姿であった。


 カマキリンは、この異様な光景に、呆気に取られ、振り上げた右腕を、降ろすことを忘れていた。


  今、目の前で子供が、殺されようとしているこの事態に、横で嫌がる女性に抱き付いて、笑っている男がいる。


 カマキリンは、自分も殺人に快楽を得るような異常者だが、この異常な男は自分以上かもしれないと、恐怖心を抱く。


 その笑っている男の姿は、頭に一輪の花を咲かせ、目にはゴーグル、鼻と口からは鼻水とヨダレが垂れ流されていた。上半身と膝からスネにかけて、プロテクターを纏い、黒のブリーフを履いた男。


  クレイジーフールと呼ばれるヒーロー、世間ではキモクサマンと認知されている、ヒーローであった。






 






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