第18話 男たちの涙
午前8時、阿多は駄段と山田に呼び出され、スーパー、ニクニクマートの裏の公園に来た。今日は阿多はスーパーの仕事が休みなので、こんな早い時間から公園へ来る事が出来たのだ。
「えー、単刀直入に言おう。ワシとキモクサマンは、S市から出て行かなければ、ならなくなった……」
駄段は泣きそうな表情で、震える声で伝える。
「やっぱり、僕があの時、変身して犠牲者が出たからですね。スイマセンでした。僕の軽率な行動の為に、駄段さんまで責任を取らされるなんて……」
阿多も泣きそうな顔で、駄段に頭を下げる。駄段の隣にいる山田は思った。駄段さんが退去になった大半の原因は、市長に対する暴言だろうけどと……。
「という訳で、君のキモクサマンのブレストを返して貰おう。そうすれば、君は今まで通りスーパーの店員として、この街で生きていける。キモクサマンと共に、このS市から出て行く気はないんじゃろ?」
駄段が右手を差し出す。阿多は泣きながら、左手首に着けていたブレストを外し、駄段にそれを渡す。
「英雄仮面同盟は、この先どうなるんですか?」
阿多は自分の所属していた組織が、自分の行動の為に解散させられたのではと、心配になる。
「山田くんの市長に対するお世辞戦法が効いたので、英雄仮面同盟は存続出来る事になった。これからは、山田くんが組織の代表となる」
駄段は悲しそうな顔で説明する。山田も寂しそうな顔で、それを聞いている。
「ワシもS市に彼女が三人おる。この街を離れたくないのだ。悔しいのおおおお」
ついに、泣きそうな顔だった駄段の顔が崩れて、駄段は号泣する。
突然、そんな事をカミングアウトされてもと、阿多と山田は冷たい視線を駄段に送る。
「すまぬ、取り乱してしまった。それでは、二人とも元気でな。山田くん、後の事は頼む」
駄段は泣きながら、二人に手を振り、去って行く。山田は駄段が見えなくなるくらいに、離れて行ったのを確認してから、阿多の方を切なそうに見る。
「何か困った事があったら、いつでも言って下さい。ヒーローを退任した阿多さんの事も、今と変わらず師匠として、私は尊敬していますから。それでは、私も失礼します」
山田は、阿多に軽くお辞儀をすると、駄段と同じ様に去って行く。阿多は一人取り残された感じになり、ポツンと立ち尽くす。そして、色んな事を考え始める。
あんなに嫌だったヒーローの任をここで受け、そしてここで任を解かれた。その事によって、自分の気持ちは楽になると思っていた。でも何故か、心の中に穴がポッカリ空いた様な、そんな感情になる。
もう、自分はキモクサマンじゃないのだ。だったら、今まで通りスーパーの店員、阿多 田他太(あた たたた)として生きていけばいい。
これからは、大好きな人、愛花さんにも隠し事をせずに、堂々と告白して、お付き合いすればいい。
でも、怪人達は……。人々を殺す事を楽しみとしている異常な奴等を、野放しにしていいのか?
今の自分ではもう、どうする事も出来ない。今の自分には、ヒーローとしての力が無いのだ。戦う事はもう出来ない……。
彼女の声を聞きたい……。
阿多は切なくて、モヤモヤした気持ちで、いっぱいだった。大好きな愛花の声がどうしても聞きたくて、阿多は愛花に電話をした。
「もしもし、阿多くん。どうしたの?」
「あ、いや、愛花さん。今、電話、大丈夫?」
阿多はぎこちない声で、電話で愛花に答える。
「うん、今日は仕事休みだから、大丈夫だよ」
「あ、そうなんだ。実は僕も今日は休みなんだ。もし良かったら、今から会えない?」
「ごめん。今日は友達と倉庫街のカフェで、ランチする約束してるんだ」
「え……。そうなんだ。えぇ、その友達って男なの?」
「違うよ。同じ会社の同僚の女の子だよ」
「あ、そうなんだ。ふぅ、え、あ、そうそう倉庫街って、何なの?」
「S市郊外にある、倉庫の集合地帯の事だよ。港からの荷物とかを、一時的に倉庫に置いておけるようにしてる所よ」
「あ、川中橋を渡って行く、人工島の所?」
「そうそう、江戸時代の出島みたいって話題になって、倉庫だけに使用するの勿体ないから、最近、カフェが出来たんだ」
「そうだったんだ。僕は流行に疎いから、知らなかったよ。ふーん、良いなぁ、愛花さん」
「もし、今日行ってみて良かったら、阿多くんも今度、一緒に行こうよ」
「うん、そうだね。そうしよう」
愛花との、ひとときの楽しい会話を、電話でした後、阿多は元気を取り戻した。
愛花の声を聞いていると、自分の悩みやネガティブな感情が、全て吹き飛んでしまう様な、そんな気持ちになる。
阿多は、自分の気持ちが救われた様な気がした。
そして、彼はある目的地に向かっていた。自分が入院させてしまった、少年タケルの病室である。
少年タケルが入院した病院と、その病室を山田から聞いていた阿多は、すんなりとそこまで行く事が出来た。
本当は、阿多はタケルに謝りたかった。でも、それをするには、自分がキモクサマンであった事実を、伝えなければならない。阿多には、その勇気がなかった。
阿多はお見舞いという名目で、タケルの病室を訪れる事が精一杯だった。
タケルの病室の前で、阿多は深呼吸をする。キモクサマンの悪口を何と言われても、受け止めようと阿多は覚悟する。
阿多は、コンコンとドアをノックし、少年の病室のドアを開ける。
「あ、阿多のお兄ちゃん!」
タケル少年は病室のベッドの上で、絵本を読んでいた。その横のベッドには、タケルの母親が座っている。阿多は思ったよりもタケルが元気そうなので、気持ちが少し楽になる。
「心配でお見舞いに来ました。身体の方は大丈夫なんですか?」
隣のベッドに座っているタケルの母親に、阿多はタケルと母親自身の容態の事を聞く。彼女もタケル同様、犠牲者なのだ。彼女に対しても罪の意識が重い。
「えぇ、まだちょっと目眩や吐き気があるんですが、だいぶ良くなって来ています。タケルの方も、もう少しで退院出来そうです」
「それは、良かったです。タケルくんも元気そうで安心したよ」
阿多は母親とタケルの方を交互に見て、声を掛ける。安心したというのは、阿多の本心だった。
「阿多のお兄ちゃん。キモクサマンはホントは悪くないんだよ。怪人から僕達を助けてくれたのに、みんな信じてくれないんだ」
タケルが阿多に向かって、訴え掛ける。阿多は彼等の話に耳を傾ける。
彼等がキモクサマンの事をどう思っているのか、阿多は彼等の本音が聞きたかった。
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