第7話 スケベなヒーローの名はキモクサマン

「クレイジーフールに変身すると、身体能力が著しく上昇する。つまり、怪人からのあらゆる攻撃が、一切無効化され、こちらからの攻撃は、すべて一撃必殺となる。要するに、世界最強の生物と化すのだ。だが、その代償として、IQ(知能指数)が著しく低下し、論理的思考が全くできなくなり、本能のまま、行動してしまう欠点があるのだ」


 駄段は得意げに阿多に話す。これぞ、天才科学者の功績だと言わんばかりだ。


「スンマセン、今の説明よく分からないんで、僕にも分かる日本語で言ってもらえますか?」


 阿多は駄段の顔を、じっと見つめながら質問する。


「……つまりだ、変身するとすごく強くなる代わりに、すごくアホになるという事だ」


「え、アホになるんですか? 嫌ですよ。そこ、改善して下さい」


「できればやってる。できないから、今の状態なんだ」


 駄段はあっけらかんと答える。


「じゃあ、変身した時の記憶が一切ないのはなぜですか?」


「ああ、それはアホになり過ぎて、すべての記憶を忘れてしまうんだ。他のヒーローは、ちゃんと変身後のことも覚えているし、ちゃんと自分の行動を制御できるけど……」


 駄段は観念して、質問に正直に答えていく。


「そうですね。私がウインドキッドに変身した時は、そんな風にならないですよ、絶対に」


 山田は、嫌味っぽく答える。


「じゃ、僕のクレイジーフールは変身すると、何か武器とか、カッコいい必殺技とかはないんですか? 例えばビームとか撃てたりしますか?」


 阿多は、クレイジーフールの良い所を探そうと必死だ。


「何もない。パンチとキックだけだ」


 駄段はきっぱりと答える。


「じゃ、何か武器とかビームとか撃てるように、パワーアップさせて下さい」


 阿多は、駄段に食い下がる。


「アホに武器とかビームとか与えると、罪のない周りの人が迷惑するじゃねぇか」


 駄段は阿多の要求をピシャリとはねのける。阿多はがっかりした表情を浮かべ、うつむく。


「君にはそんなものは必要ない。素手で充分強い。強過ぎるくらいだ」


 駄段は、阿多の肩を叩きながら励ます。


「ところで、何で僕のズボンとパンツが濡れてるんですか。ちょっと聞きにくかったんですが……」


 阿多は、股間の辺りを抑え、確認する。


「あぁ、それはもちろん、君が小便を漏らしたんだよ。クレイジーフールは本能で行動するから、動物と一緒さ。気になるんならこれから変身する時は、オムツを履いていればいい」


 駄段は事務的に答える。阿多はかなり落ち込んでいたが、駄段は些細なこととしか思っていないようだ。


「スイマセン、駄段さん。私も気になることがありまして、質問があるんですが……

。クレイジーフールが嫌がる女性に対して、抱き付いてお触りをした行為についての見解を伺いたいんですが、よろしいでしょうか?」


 山田がまた、会話に割り込んで来た。


「え、僕は変身中にそんな事もしたんですか?」


 阿多は信じられないといった表情を浮かべ、質問に対して困惑している。 


「クレイジーフールは先程も言ったが、本能で行動する。つまり、アホになっているので、理性がないのだ。変身する前の人間がスケベであったならば、変身後に女の子に抱き付く行為は、自然な行為と言えよう」


 駄段はまた、インテリっぽく解説する。


「阿多さん、阿多さんのスケベは、どうにかできないんですか? 女性からしたら、かなり迷惑です。止めて頂きたい」


 山田がまた、冷たい視線を阿多に送る。明らかに阿多のことを馬鹿にしている。


 阿多はうつむいて、しばらく考えてこう答える。


「スケベは……スケベは治らない……」


「心配せんでもいい。変身すると、生殖機能が停止される為、お触り以上の事は出来ないんじゃ」


 駄段は、阿多の肩を叩きながら、擁護をする。


「いや、それでも、女の人の心を傷付けている事には変わりないので、僕は非常に申し訳ないです……」


 阿多はまた、うつむきながら、暗い表情を浮かべる。


「それでも、君は怪人を倒した。そのことによって、助けられた命もあるという事実を忘れてはならんぞ。君は間違いなくヒーローだ」


 今度は駄段は、阿多の背中をポンポンと叩きながら励ます。阿多は少しだけ気持ちが楽になり、微笑を浮かべる。


「あ、それと今、ここでいう事じゃないかもしれんが、君たちが左腕に着けてある腕時計型変身装置の事を、言いにくいから”ブレスト”とワシは命名した。どうだ、カッコいいだろ?」


駄段は、誇らしげに阿多と山田を見ながら話す。確かに、今言うことじゃねぇだろと、駄段のマイペースな言動に呆れながら、阿多と山田は冷たい視線を駄段に送る。


「ワシ等は、色々と今回の事件の処理をしないといけないから、そろそろ帰るよ。君はもう少し休んでから、帰るといい。無理をせんようにな」


 駄段はそう言うと、山田と共に席を立ち、部屋を出て行った。阿多は一人部屋に残され、ベッドの上で考える。


 そうか、自分は記憶はないが、ヒーローとして怪人と戦って、人々の命を助けたんだなと、思い起こす。実感はないが、事実として他人から伝えられ、感謝される。阿多は悪い気はしないなと、拳を握り締める。


 数時間後、阿多は体調が回復した為、英雄仮面同盟の本部を後にし、自室のアパートに戻っていた。


スーパー”ニクニクマート”は、今回の事件を受けて、しばらくの間休業となるらしい。阿多はしばしの休暇の間、何をしようかなと考えながら、テレビを点けてみる。


 テレビの番組は、ちょうど夜のニュースをやっていた。今日のゴリクマオトコのスーパー襲撃事件が取り上げられていた。


阿多は自分の事が、どう報道されるのかすごく関心があった為、食い入るように番組に注目する。


 ニュースキャスターが、今回の事件の概要について説明をしていた。


  怪人の犠牲となり、亡くなった方が一名、ヒーローの乱心により、病院送りになった方が数十人いると……。


 阿多は、ヒーローの乱心という言葉に苦笑いしながら、自分が関わっていた事件のニュースをじっと見る。


 この事件を遠目で見ていた野次馬へのインタビューや、スーパーで人質となっていた人達のコメントが映像で流される。殺人を行った怪人に対する批判よりも、スーパーで好き放題していたヒーローに対する批判の方が、話題の中心であった。


『あのヒーロー、マジで、気持ち悪くて、臭いんだけど・・・・』


『あいつに私、変なとこ触られましたー。ホント、最悪です』


『今回のことは、英雄仮面同盟の失態だと思っています。トップの人間に責任を取ってもらいたいです』


 阿多はテレビの前で固まっていた。自分は人の命を救ったはずなのに、それに対する賞賛の声や感謝の言葉が一つもない。確かに自分は酷いことをしていたようだが、この対応はあんまりだと言葉を失う。



 その後、この阿多の変身したヒーロー、クレイジーフールは、世間やマスコミからこう呼ばれるようになる。


 ”キモクサマン”……と。



 泣いた……。阿多はこの日、静かに泣いた……。







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