45.アイゼンvs.クアラ

「姉さん、それ本気?」

「だって昨日の今日だし。魔の周期もまだ明けてないじゃない」

「僕もライドも、アイゼン様にビルド様までいるんだから大丈夫だって」

「でもないと落ち着かないんだもの」

「だからって」


 私が着ているのはご令嬢が着るようなドレス、ではなく、家の中で着ているような動きやすさ重視の服だ。


 背中や腰を飾るリボンのおかげで分かりづらくなっているが、裾を捲ればすぐに剣に手が届く仕様になっている。ちなみにデビュタント祝いに父さんにねだったものだ。クアラが渋い顔をするのも仕方のないことだと言える。


 だがクアラが「これでいいじゃない」と持ってきた小型ナイフで妥協するつもりはない。それでは超接近戦にしか向かないし、せいぜい令嬢を襲う不埒な輩相手に突き刺す程度。投げつけるという使い方もあるが、効率が悪い。対人戦ならともかく、魔物相手では何かと物足りなく見える。


「まぁまぁ。持っていくだけで使うわけじゃないんだからいいじゃないか」

「なら剣は諦める。だからせめてこっちのドレスを着て」

 クアラが差し出してきたのは先ほどまで用意されていた線の細いドレスではなく、裾がふわりと広がっているものだった。


 確かにこれなら剣の一本くらい足下に隠していても気付かないだろう。

 クアラからすれば随分と妥協したのだろうが、ボリュームを出すためにいろいろと準備をしなければならないので結構時間がかかる。ライドは呆れたようにため息を吐いた。


「そんな時間なんてないだろ。諦めて他の日に着てもらえ」

「ライドは何も分かってない! こういう時の思い出って一生残るんだからね!?」

「その記憶が残るキャサリンが気にしないんだからいいだろ。アイゼン様だって服装一つでとやかく言う人じゃないだろうし、遅れる方が問題だ。ほら行くぞ」

「確かにその服が似合わないなんて言ったらすぐにでも家に連れて帰るけど……。仕方ない。百歩譲って持っていくのは許すけど使っちゃダメだからね? ドレスめくり上げるとか以ての外だからね!?」

「分かってる。あくまでお守りみたいなものだから」


 馬車の中で何度も念を押され、その度に大丈夫だって~と軽く返す。ライドは正面に座りながら、必死で笑いを堪えていた。目尻に溜まった涙を指先で払いながら「そこまで心配なら俺が二本下げてくれば良かったな」と言われ、二人揃ってその手があったかとハッとした。


 だが時すでに遅し。

 もうすぐアイゼン様のお屋敷に到着するところまで来てはさすがのクアラも引き返す! と言い出すことはしなかった。



 屋敷に到着すると裏庭に通される。

 以前、アイゼン様が鍛錬していた場所である。そこにはすでにアイゼン様とビルド殿の姿があった。


 初めて屋敷にお邪魔した時のように剣を振って待つことはせず、ドアの方向を真っ直ぐに見つめていた。


 私達が足を止めると、アイゼン様はスウッと小さく息を吸った。それだけで彼の緊張が十分に伝わってくる。


「本日はご足労頂き感謝する」

「いえ、いくらアイゼン様とはいえ私よりも弱いようでは姉は託せませんから」

「クアラ殿に負けてから十一年、常に精進してきた。再び負けるつもりはない」


 わざと煽るような言葉をかけるクアラに、アイゼン様の目には自信が宿っていく。会って早々火花を散らす二人を横目に、見届け人のライドとビルド殿は平和に挨拶を繰り広げている。


 だが二人が剣に手を伸ばせば空気がガラッと変わった。


「キャサリン嬢、こちらへ」

「ありがとうございます」

 ビルド殿に手を引かれ、中心に向かって進んでいく二人から距離を取る。するとライドの合図で打ち合いが始まった。


 後はもう見守るだけだ。

 息を呑み、瞬きをするのも惜しいほどに、二人の姿を凝視する。



 初めて見たクアラの戦い方は私とよく似ていた。踏み込み方も剣を切り込む角度も、私ならこうするだろうというものとピタリとハマる。


 双子って顔だけじゃなくて、こういうところも似るのだろうか。

 素直に喜べないのは、しばしばクアラが苦しげに顔を歪めるから。


 確かにアイゼン様は強い。一太刀を受けるにしても一つ一つが重たくて、流すにしても角度を少しでも間違えれば手首に負担が溜まっていく。

 だがそういう辛さではないような気がする。どこか無理をしているというか……。息は上がっていないのでスタミナ切れではなさそうだが、この違和感はなんだろう?


 アイゼン様もそれに気付いているようで、弱点を突くような動きを見せるが、すぐにクアラのガードが入る。それどころか逆に体勢を崩したところに切り込んでいくほど。

 徐々にクアラの剣も重みを持ち始め、アイゼン様が顔を歪める場面も出てきている。クアラが勝ってくると言った理由もよく分かる。

 だがアイゼン様とて赤マントを羽織るほどの実力者。踏んできた場数もクアラや私とは桁違いだ。足や剣の柄部分を使って予想外の攻撃を繰り広げる。


 完全に強さが拮抗していた。

 初めての剣術大会での試合はここまで白熱していなかったと思う。アイゼン様はきっとあの日からずっと進み続けてきたのだろう。クアラも剣を握れるだけではなく、ここまで強くなった。


 十一年という月日を改めて実感する。


 目の前の光景を噛み締めていると、キンッとひときわ大きな金属音が響いた。クアラがアイゼン様の剣を弾き飛ばしたのである。


 先ほどまで剣を握っていた右手をふるふると震わせるアイゼン様には、私達の足下まで飛んできたそれを回収しに来る余裕はない。

 だが彼の手元を狙った際、クアラは肩に打撃を食らっている。膝を突いたまま肩を押さえ、立ち上がることは出来ないようだ。



「この試合、私は引き分けと見るがライド殿はどうだ?」

「俺も同じです」


 ーー試合は続行不可能。

 引き分けとされた。

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