58.王
「キャサリン嬢」
「はい」
私でも役に立てることは少ないが、アイデアくらいなら伝えられる。スプーンを置き、まっすぐと彼と向き合う。だが彼の口から聞かされたのは仕事の話ではなかった。
「俺は王になろうと思う」
「え」
ある意味、仕事の話かもしれないが、想像していたどれとも違う。魔物や騎士団、国についての意見が求められるものだと思っていたのだ。
それが、王様。
アイゼン様は王族の血筋なので完全に突飛な発言というわけではないが、現国王には子どもが何人かいる。王子だけでも三人。それも皆、優秀だと聞いている。
彼らを押しのけてアイゼン様が王様になるなんてよほどの理由があるはずだ。軽くパニックになる頭で必死に考えて、一つの可能性に思いつく。
「ドラゴンを倒したから、ですか」
「ああ、そろそろ腹をくくれと言われてしまってな」
政治のことはよく分からないが、ガルドベーラは剣一本で平民から成り上がれるような国だ。そんな国で騎士を率いてドラゴンを倒したともなれば、英雄扱いされてもおかしくはない。
ましてや王家の血筋を引いているともなれば、勢力バランスが崩れる可能性だって……。
あの場ではドラゴンを倒す以外の選択肢がなかったとはいえ、選択すれば先に進むことになる。私とクアラにとっては因縁の敵を倒し、一つの大きな仕事を片付けたようなものだが、私達は良くも悪くもその先が見えていなかった。
今は当然のようにアイゼン様の隣にいるが、王になるならこのままではいられない。
このお粥の水分が減っていき、お肉が食べられるようになった時にはお別れになるのだろう。そう思うと好物に名を連ねる寸前だったお粥が一気に恨めしく見える。
だがじっとりとした目を向けたところでお粥の水分は増えないし、私の体調は急激に悪くなったりしない。むしろ日に日に元気になっていく一方で、最近では剣を振りたくてそわそわして仕方がないほど。
まとまりかけていた話が消えてしまうことは惜しいが、アイゼン様のためを思うのなら、一日でも早く回復するべきなのだろう。
回復に重要なのは食べること。
虚しい気持ちでスプーンを手に取り口に運ぶ。美味しかったそれももう味を感じない。
視線を落としながらもごもごと口を動かす私にアイゼン様はふぅっと小さく息を吐いた。
物分かりが悪いと呆れられてしまったかと心配したのもつかの間、彼はおもむろに立ち上がり宣言した。
「キャサリン嬢の気が乗らないのなら断ろう。仕事は全て押し付けるとはいえ、やはり公爵夫人の方が気軽で良いよな……。すまない、少し席を外す」
「ちょっと待ってください! あの、王になるにあたって私が邪魔になったという話では……」
「あなたの隣に居られないのなら王になる意味などないが?」
「その気持ちは嬉しいのですが、周りの方からの目もありますし」
「ああ、だから今からキャサリン嬢を王妃にしたい・女王にしたいと騒ぐ奴らを黙らせに行くつもりだ。王族のほとんどを敵に回すことになるが、叔母様は味方になってくれるはずだ。いざとなったらアッシュをしごいて王にして……」
「え」
「キャサリン嬢に迷惑はかけない。一日で終わらせる」
とりあえずアイゼン様が私と一緒にいるつもりであることはわかった。問題はその先だ。
王妃はともかく、女王って何!?
行ってくる、といい笑顔で剣に手を伸ばすアイゼン様を全力で引き止める。
「ちゃんと説明してください!」
「説明も何も伝えた通りだが」
アイゼン様は目を丸くしながらも、事の顛末を話してくれた。歴代国王は皆、強さで決まっていたことにも驚いたが、なにより幼い頃から王にしたいと狙われていたとは思わなかった。
今回のドラゴン退治の一件で、強さが証明されたので今度こそ何としても王家に迎えたいと。
「王家の方はそれでいいんですか?」
「いいも何も、俺達にとって強きものに仕えられることは最高の幸せだ。王妃にも女王にもしないと宣言したら全力でかかってくるだろうな」
脳筋揃いのこの国で一番の脳筋は王家だったのか……。国としてどうなのだろう? と思いはする。
ただ最後までガルドとベーラを探し続けたシュバルツが作った国であることを考えると、おかしいとは言えない。
おそらくこの考えこそが長年に渡って国を守り続けてきたのだろう。
「全力でかかってくるならこちらも全力でたたき伏せるまでだ」
「叩き伏せなくていいです」
「だが」
「マナーはまだまだですし、政治なんて全く分かりません。それでもよければ」
「いいのか?」
「アイゼン様は王になるつもりだったのでしょう? なら私はあなたの隣で剣を振るいましょう」
ベッドサイドに置かれた剣を彼へと突き出す。
まだベッドからは出られないが、必ず以前と同じく剣を振るという私なりの意思表示だ。
お粥が美味しいからとかのんびり療養なんてしていられない。少しでも早く良くなって彼の隣に立たなければ。
アイゼン様は驚いたようにパチパチと大きく瞬きをしてから、ニッと口角を上げた。
「あなたの剣を捧げられる俺は大陸一の幸せ者だ」
勝手に決めたって言ったら、クアラは考えなしだって怒るかな? ライドは呆れて、兄さんは驚くかもしれない。けど父さんと母さんはなんだかんだで認めてくれるような気がしている。
だって私達を入れ替えようと言い出したのは他でもない両親なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます