57.鳥粥は美味しい

「別に綺麗じゃなくてもいいんじゃない? クアラが、ガルドがドラゴンの力を半分封じたから今がある」

「僕は封じただけ。今があるのは全部忘れてるはずなのに毎回毎回ドラゴンと剣を交え続けた姉さんの功績だよ。あれは僕に寄ってきてるんだから僕から離れさえすればいいのに、毎回毎回毎回毎回、どんなに避けても嫌がらせしても必ず僕を守るんだ。本当に姉さんって馬鹿だよね」

「酷くない!?」

「本当に馬鹿すぎて……家族以外で付き合えるのは同じくらいバカで強情なアイゼン様くらいなんじゃないの」


 言い方は悪いが、クアラはアイゼン様に感謝しているのだろう。彼がいなければ、多分私は今、生きていない。もしかしたら私だけではなく、多くの人達が息を引き取っていたかもしれない。

 今までのように繋ぐこともできずに、ドラゴンは失った力を取り戻して暴れていた可能性だってある。


「クアラ……ありがとう」

 怖かっただろう。毎回綺麗さっぱり忘れて、一人でずっと抱えさせてごめん。それでも信じてくれて、姉と慕ってくれて、幸せを願ってくれてありがとう。


 腕を伸ばし、クアラの身体を包み込む。ありがとうと繰り返せば、クアラはぐすぐすと鼻をすすった。


 だが感傷に浸る間もなく、バタンっと大きな音を立ててドアが開いた。


「キャサリン嬢! 起きていて大丈夫なのか? 辛くはないか? 痛いところはないか?」

 アイゼン様は早足でベッドまで来ると、私の顔を覗き込む。


「少し身体がだるいくらいで、痛みはないです」

「そうか、良かった。だが念のため医師を呼んでちゃんと調べてもらおう」

 彼の目の下には青紫色のクマができている。正直、心配してくれている彼の体調の方が心配だ。


「アイゼン様も一緒に診てもらった方が」

「俺のはただの寝不足だ。問題ない」

 大丈夫と笑うアイゼン様だが、後ろに控えているライドの表情は歪んでいる。

「問題ないわけないでしょう……。キャサリンの診察が終わったら、アイゼン様には休んでもらいますよ」

「だが」

「仕事のことならアッシュ様が手伝ってくれるそうなのでご心配なく。第一部隊の方からも休ませてくれって言われているんです」


 アイゼン様相手に強く出るライドに驚いていると、クアラがコソッと「最近こんな調子だよ。ライドは世話焼きだから無茶する人を放っておけないんだ」と教えてくれた。どうやら私が気を失っている間にすっかり馴染んだらしい。


 それからすぐに来てくれた宮廷医師に診てもらい、私が倒れたのは魔物の体内に入ったことで生気を吸い取られたことが原因だと判明した。

 判明、というよりもクアラ達は前からそう聞かされていたらしい。生気を吸い取られたといってもちゃんと寝て、食事を取れば直によくなるもので、心配はいらないようだ。


 良かった、と胸をなでおろすアイゼン様にライドは「アイゼン様も同じこと言われましたよね? このまま行けば今度はアイゼン様が倒れますからね!」とずずいと詰め寄る。


 アイゼン様もそのことを理解はしているようで、スッと目線を逸らした。ライドがそこで見逃すはずもなく、寝てください! と言いながら彼の背中を押していく。


「キャサリン嬢、また改めて見舞いに来る!」

 そう言いながら部屋を追い出されるアイゼン様は、ベッドに押し込まれていた幼少期のクアラとよく似ていた。


 それから様子を見るためという名目で意識を取り戻してからもしばらく城に滞在させてもらえることが決まった。

 本当の理由は毎日私の様子を見に来るアイゼン様に少しでも長い睡眠を取らせるためである。


 初日はライドに押される形で部屋に戻ってくれたアイゼン様だが、翌日から時間を作ってはしばしば私の元へと足を運ぶようになった。かといって仕事を投げ出すことはない。


 削られるのは睡眠や食事などの休息時間である。ちゃんと休んでくれと伝えても笑って流されるだけ。

 困った末、私に用意された部屋が彼の仕事場になったというわけだ。寝る時用にカーテンまで設置してもらった。


 なので今日も今日とてお城の料理人が作ってくれたお粥を食べながら、仕事中のアイゼン様を見守る。



「お粥ばかりじゃ飽きるだろう。食べたいものがあったら遠慮なく言ってくれ」

 お粥生活中の私を気遣ってそう言ってくれるが、まだ少しずつ具を増やして胃を慣れさせていく状態だ。

 フルーツ程度なら構わないと許可が出ているが、お粥でお腹いっぱいになってしまうのでこれといって食べたいものは浮かばない。


「考えておきますね」

 なにより、今の食生活に不満を感じていない。今まで食べる機会はなかったが、案外お粥は美味しいものだ。スプーンを口に運びながらほんのりと広がるチキンの風味に頬を緩ませる。


 普段ならここから何気ない会話が繰り広げられるのだが、今日はどこか空気が重い。視線を落とした先の書類に何か悪いことでも書かれていたのだろうか。

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