56.強さ
「姉さん、いつまで寝てるの。早く起きて。ねぇ起きてったら」
クアラの声と重なるように鼻をすする音が聞こえる。悲しませてしまったことに申し訳なさが募っていく。
だが声は聞こえていても、私の意識がこれ以上浮上することはない。せめて起きてるよと伝えたいのに、ごめんねクアラ……と悲しみとともに再び沈みそうになる。
けれどそれを何者かが拒んだ。
ガシッと肩を掴まれ、ユッサユッサと揺らされる。
「もう一ヶ月だよ? ねぇ早く起きて。起きてってば!」
「うっ、ぎぼぢわるっごほっえほぉっ」
「姉さん!」
意識が浮上するどころか余計なものまで上がってきそうだ。そこにクアラの抱擁まで追加され、もう一度意識が飛びそうになる。
だが良かった良かった……と涙ぐむ弟を置いていくほど私は薄情ではない。重たい手を伸ばし、クアラの頭をポンポンと撫でた。
「俺、アイゼン様呼んでくる!」
そう言ってライドが部屋を出ると、クアラは私の背中の後ろに手を入れて起きるのを手伝ってくれる。起きてからもゴホゴホと咳き込む私の背中をさすりながら、あの日のことを教えてくれた。
手が届かずに落ちていく途中で気を失った私だが、空中でアイゼン様に抱き寄せられたこと。そして彼は私の身体を包み込んだ状態で地面に思い切り叩きつけられたのだという。
その後一ヶ月も意識が戻らなかった私とは対照的に、アイゼン様はそのままのそりと立ち上がり、私を医師の元へと連れて行ってくれた。
私が見覚えのないベッドで寝ていたのは、いつでも宮廷医師に診てもらえるようにとの心遣いらしかった。
「本当ならアイゼン様も寝てなきゃいけないんだけど、姉さんが守った国を放っておくなんて出来ないってこの一ヶ月、ほとんど寝てないんだよ。おかげで魔の周期も終わったけど、それで自分が倒れたら意味ないのに……。あ、咳落ち着いたね。はい、水」
差し出された水を一気にあおった。生ぬるくなった水が喉にしみわたる。
「はぁ……生き返る」
「また死んじゃったかと思って、心配だったんだから」
「またって、私が何度も死んでるみたいに、言わないでよ」
一ヶ月で体力が落ちたのか、普通に話そうとすると息が苦しくなってしまう。掠れた声で冗談を笑えば、クアラの表情が歪んだ。
「死んでるよ。もうずっと昔から姉さんも僕も何度も死んで、生き返ってはあいつと出会ってまた死んでを繰り返してる」
「それは、転生ってやつ?」
以前母さんから借りた、もとい押し付けられた本にその手の内容があった気がする。尤も転生は転生でも、なにかしらの理由で一緒になれなかった男女が次の生で幸せになるというラブストーリーだったが。
「そう。姉さんはいつも覚えてないけど、僕は全部覚えてる。毎回二十歳になるとあいつが現れて、姉さんが目の前で死んでいくのを何度も見てきた」
「……ごめん」
「今度こそ姉さんだけでも幸せになれると思ったのに、身体の中に入っていくし、姉さんを託そうと決めたアイゼン様もぜんっぜん止めてくれないし!」
「でも次に繋げられたじゃない」
クアラの思い描いた通りには進まなかったようだが、話を聞く限り、毎回似たような行動をとっているのだろう。いつから始まったのかは分からないけれど、こうやって繋いできた。だが今回は似た行動でも相打ちではなく、命がある。
アイゼン様がいたからとはいえ、少しは進歩したんじゃないだろうか。結果良ければ全て良しだと笑えば、クアラは呆れたようにため息を吐いた。だがその顔はどこか明るい。
「あいつはもう完全に消滅したからもう復活することはないよ」
「そうなの?」
「僕の中にあったあいつの魂が消えたから間違いないよ」
「魂?」
「この国が出来るよりも前に、僕はあいつの力を半分だけ封じたんだ。本当は全部封じたかったんだけどね、人ならざるものの力を得ても全ては無理だった。今思うと人間の身体では器として小さすぎたのかもしれないけど、それしか方法はなかったんだ。そして封じ込めることができないと知った姉さんは僕と同じ方法で『強さ』を手に入れた。それでもあいつを完全に殺すことは出来なかった。特別な力を得た代償として、僕の半身はドラゴンになり、姉さんの手は剣になってしまった」
「それってまさか」
「ドラゴンと剣で描かれているガルドとベーラは僕達のことだ。物語の冒頭では人と戦っていたけど、剣を取ったのは家族の敵であるドラゴンを倒すため。あんなに大所帯になる前は僕達のようにドラゴンや魔物に家族や友人、故郷を奪われた奴が集まって魔物を殺す旅をしていた。僕達はただ復讐がしたかっただけ。お話で語られるほど綺麗なんかじゃないんだ」
ドラゴンと剣という題名は『ドラゴンになったガルドと、剣を振り続けたベーラ』ではなく『ドラゴンと戦い続けた剣士』を指していたのか。クアラは復讐だと苦い顔をするけれど、物語に出てくる仲間たちは故郷に帰ったり、どこかに定住したりと幸せに暮らしている。
ガルドベーラの人達が強さに執着する理由は、大事な人を守りたいという想いからくるものなのではないだろうか。
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