6.赤マントの騎士からの提案

 アイゼン様の意図はなんなのか、と考えているとドアがコンコンとノックされる。


「遅くなってすまない。キャサリン嬢」

「いえ」

 シャワーから戻ってきたアイゼン様はソファに座る。そこから今回の目的であるとされる交流が始まると思ったのだがーー。



「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 無言である。

 お茶をすすっているだけで、一向に話をしようとする気配がない。


 男性が苦手だという設定を強化するには、ここで無理せず話題を振らない方がいいのだろうが、間が持たない。


 ケーキを食べ終わったのでさようならという訳にもいかず、無難な話を振る。


「騎士団には隊ごとに鍛錬場が用意されていると聞きましたが、アイゼン様は普段も屋敷で鍛錬を?」

「鍛錬場の方が設備が整っているのだが、なにぶん人が集まりやすいものでな。集中したい時なんかは自宅で鍛錬を行うようにしている」

「アイゼン様は人気ですものね。最年少で赤マントを贈られたと聞きましたわ」

「クアラ殿が騎士団に入られればその記録も塗り替えられる。剣術大会の記録がそうであったように」

「ご謙遜を。それに弟は騎士団に入団いたしませんから」

「……彼の意思は変わることはないのだろうか」

「ありません。クアラが入団することも、あなたの記録がクアラに塗り替えられることもこの先あり得ませんわ」


 私が優勝したのは初めの一回だけ。最年少記録は未だ破られていないが、それ以降何も功績を上げていない相手には些か過大評価がすぎる。


「俺があなたの新しい騎士になっても?」

「どういうことですか?」

「あなたは男性が苦手だと聞いている。なのに大量の話が舞い込んで、さぞ困っていることだろう。だが俺と婚約を結んだことにすればその話が一掃出来る。実際に結婚してもいい」

「っ!」

「わたしはあなたを守るために全力を尽くすが、必要以上に接することはない。私の目的はあくまでクアラ殿に入団してもらうことであり、あなたを手に入れることはそのための過程にすぎないから子作りなどは強要しないし、社交界にだって行きたくなければ出なくて良い。どうだろう、悪くない提案だと思うが」


 対等に聞こえる条件だが、ここに呼びつけた時点で彼の方が有利に立っている。

 とはいえ相手は将来安泰のアイゼン様。女らしさのかけらもない私には悪くない提案と言える。


 今後『私』にこんなにも好条件な婚姻話が舞い込むことはないのだろう。

 それでも私がこの手を取れば、戦いを好まないクアラが騎士団に引き込まれることになる。


 義兄からの誘いとなれば彼も断ることは出来ず、かといって真実を打ち明けることも出来ない。大事な大事な弟を谷底に蹴落とすなんて真似、私には出来ない。


 なにより、社交界のどの令嬢よりも美しいクアラを利用しようという心意気が気に入らない。


「せっかくのお話ですが、お断りします。ケーキ、ごちそうさまでした」


 ムスッとした顔で立ち上がった私はアイゼン様に見送られながら馬車に乗り込む。

 最悪。全くの時間の無駄だったが、この場所に来たのがクアラではなく私で良かった。


 あの子ならきっとあの申し出に頭を悩ませる。

 好条件の見合い話だよと喜んで話してくれさえするような気がする。


 クアラの喜んだ表情を想像すると余計腹が立ってきた。

 騎士団に誘うのなら直接来ればいい。実際、他の隊の人達はそうしてきた。


 アイゼン様にはアイゼン様なりの事情とかプライドとかあるのかもしれないけれど、そんなこと私達には関係ない。


「帰ったらクアラにあんな男に近寄っちゃダメだって言っておかないと。あと、ライドにも何か言われても適当に流しておくように伝えておくか」


 不機嫌を全面に押し出しての帰宅だし、もう話しかけられる機会もないだろうけど、念を入れるに越したことはないのだ。



「だからクアラも、アイゼン様に何か言われても受け流して。あの人は『キャサリン』を都合よく使おうとしているだけだから、まともに取り合っちゃダメ」

「でもなんでアイゼン様は直接勧誘してこなかったんだろう?」

「プライド高男だから断られる確率が高いクアラの方にはいかず、生涯扶養のオプションをかざしてキャサリンに迫ったんでしょ」

「まぁまぁそんなに怒らずに」

「これが怒らずにいられますか! 実際に来たのは私とはいえ、社交界の花であるキャサリンを呼び出しておいて忘れてたとか抜かしやがって……本当にあり得ない! めんたま腐ってるんじゃないの!?」


 話していたらまたむかついてきた。

 ダムダムと足を動かせば、ライドがハニーミルクを渡してくれる。


 屋敷に着いた時から私の機嫌が悪かったのを見越して使用人に頼んでくれたらしい。温度もちょうどよく冷めている。


 足を揺らしながらも口を付ければ、いつもよりも蜂蜜が多めに入っている。傾けた時にカップの底にゆっくりと移動する蜂蜜が見えた。

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