7.アイゼン様との出会いは……覚えてない

「少しは落ち着いたか?」

「……うん、ありがとう」

「それは良かった。でもまぁ個人的にはアイゼン様がキャサリンに惚れて、よりも、クアラを騎士団に入れたくて、の方が納得出来るんだよな~」

「なんで?」

「今日クアラと話していて思い出したんだが、キャサリンがクアラとして剣術大会に初めて出場した時、あの人は18歳で、最後の剣術大会だったんだ」

「ああ、確かビルド様と同じ年だったっけ?」

「そうそう。それでクアラがビルド様に勝利した後、決勝で戦った相手こそアイゼン様だったんだよ」

「そうなの? 正直、ビルド様の印象が強すぎて覚えてない」


 ビルド様は準決勝で当たった相手だった。

 大きな岩のような体格の持ち主で、剣も規定サイズ内ではあるものの一番大きなものを選んでいた。


 我が家よりも歴史の古い騎士貴族の嫡男で、剣術にかける思いの強さは誰にも負けない。

 対戦したのはあの時の一度限りだが、彼から放たれるプレッシャーに押しつぶされそうな恐怖は未だに忘れない。


 同時にとても礼節を大切にする方で、当時六歳だった私にも始まりと終わりの挨拶はもちろん、優勝が決まった時も素直に拍手をくれた。


 学園卒業後は騎士団には所属せず、学園の教員として騎士志望の生徒達の育成に当たっている。彼とは顔を会わせれば軽く近況を話し合う仲であり、学園に通っていない私達双子のことを気にかけてくれる大人の一人である。



「まぁ俺たちもすっかり忘れてたんだが、あの大会に勝ちさえすればアイゼン様は二回目出場以降、公式戦では未だ無敗のままだったんだ」

「……つまり経歴に傷を付けた私を騎士団に誘い込んで、ズタズタにするのが目的だと? 性格わるっ!」

「いや、ズタズタにするかは分からないけど。でも執着する理由としてはこれが一番それらしい理由かなと」

「なら、ますます断って良かった」


 負けたことをいつまでも根に持っているアイゼン様と、十二歳も年下の子ども相手に尊敬を向けてくれるビルド様ーー結婚するならビルド様がいい。


 とはいえ、彼は既婚者。子どもは三人おり、有名な愛妻家でもある。

 つい半年ほど前に私に挑んできた彼の甥はビルド様に近い性格ではあったが、すでに婚約者がおり、挑んできたのも噂を勘違いしていたためとすぐに判明した。


『剣王様に勝てば願いが叶うと聞いて、結婚前にお相手願おうかと……』


 後日、婚約者と共に菓子折持参で謝罪に来た彼のことを責めることなどできはしなかった。少しばかり真っ直ぐすぎる彼と、その婚約者の幸せを祈るばかりである。


 あの二人のようになりたいとまでは言わないが、せめて個人として望まれて結婚したい。


 剣王のおまけとか絶対にゴメンだ。


「悪いけど、僕もそんな理由なら断ってもらって良かったと思う」

「二人揃って幸せにならないもんな。それでこれから入れ替わりはどうするんだ?」

「私はしばらく周りの動向を見てみるのがいいかなって。アイゼン様本人の動きもそうだけど、周りに今回の話が広まってたら、対処に少し時間かかりそうだし。クアラは?」


 あの日の勝利がアイゼン様の気に触れたというのなら、その原因を作ったのは私だ。

 クアラとの入れ替わりを解消する前に、彼が安全である確証を持っておきたい。


 さすがに『キャサリン』相手に手を出すことはしないだろうし、手を回してということだったらクアラに任せておけば問題ない。


 力ならともかく、情報戦ならクアラの得意とする領分だ。


「様子見は僕も賛成だけど、アイゼン様が本当にこのまま引き下がるかな?」

「もし正面から挑んできたらそのときは全力で潰す。という訳で、ライド、明日から稽古付き合って」

 今まで適度に手を抜いてきたが、彼が本気でかかってくることを考えると現状では心許ない。


 鍛えて鍛えて、万全の体制で望まなければ。

 ライドは「俺で大丈夫か?」なんて弱気な発言をしつつも、すでに手は腰元の剣に伸びている。どうやら付き合ってくれるらしい。


 後は来る日に備えて腕を磨くのみ。

 遠征から帰ってきたら兄にも協力してもらおうことにしよう。


 ――と思っていたのだが。


「なにこれ……」

「手紙を読む限り、先日のお詫びということらしいけど……イヤリングって何を思って選んだんだろう」


 アイゼン様の屋敷に行った日から十日ほどがたったある日のこと。

 キャサリン宛に手紙と贈り物が届いた。謝罪の手紙と白百合の花束はともかく、問題はイヤリングである。ぱっと見、使われているのはアメジストのようだが、これは紫魔石だ。

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