8.アクセサリーなんてお断り
魔石は魔物を討伐した時に採取できるが、色はその魔物のレベルや属性によって異なる。
紫魔石は最も討伐が難しいとされる闇属性の魔物から採取出来る。
しかも透明度が高いのでかなりの高レベルだと思われる。雫型にしたのは討伐中に傷がついた部分を避けたからなのだろうが、それにしても1組でいいところを2組送って寄越す意味が分からない。
過去、令息・令嬢どちらにも大量の贈り物をされているクアラもさすがに苦笑いである。
「僕達の瞳の色を意識したのか、姉さんによく似合うけど、受け取る訳にはいかないね」
「女性が喜ぶものといったらアクセサリー、くらいにしか考えていないんでしょ。普通、婚約者でもない相手にこんなもの贈らないし」
紫魔石は入手難易度の高さから、それを使用したアクセサリーはかなりの高価格で取引される。権力を誇示するのにうってつけであると同時に、魔を退ける力もあるためお守りとしても使われる。
クアラは好意の形として送られたと思っているようだが、実際は私への宣戦布告だろう。
魔石に込められた意味はおそらく『弟の代わりにあなたを守る』
だから結婚の話をもう一度考えろって? 詫びの手紙などポーズに過ぎないのだろう。
デザインやなんかは使用人か誰かが選んだんだろうけど、少しはキャサリン個人を見るつもりになったとでも云いたいのだろうか。
クアラに似合うのがまた腹立つ。
そう簡単に機嫌が取れると思ったら大間違いだ。
「送り返さないと……。何を付けようか」
「いらないって書いた手紙だけ付けておけば十分でしょ」
「お詫びとはいえ、あちらの気持ちを突き返すことになるんだからそうはいかないよ。とはいえ、彼に送って邪魔にならなさそうなものってなかなか浮かばないな~」
「タオルとかでいいんじゃない?」
アイゼン様はひたすら剣だけ振っていればいいのだとの悪意を込めて。
「タオル?」
「鍛錬後に汗拭くので使うでしょ。気に入らなければ使用人にでもあげればいいから邪魔にならないし、何より、気を遣って送った相手の見えるところで使う必要がない。ハンカチとかと違って刺繍だなんだする必要もないし、こっちも余計な手間かけなくて済むでしょ。なるべく地味でどこにでもありそうなデザインならなおよし。いっそ無地単色なんていいかも!」
「姉さん、それだといつもあなたの側に置いてくれってことにならない?」
「なら雑巾」
雑巾ならトレーニング室で床に落ちた汗を拭く時に使うだろう。
本人が掃除するかどうかは分からないけど、使わないならやはりこちらも使用人に渡してしまえばいい。どこかしら活躍の場はあるだろう。
第一、なぜ不要品を送り返すのに有用な品を送らねばならないのか。
貴族の立場とかがあるのは分かるが、相手は呼びつけた用件すらも忘れたとのたまうような男である。礼節を重んじる必要性を感じない。
「……タオルにする。じゃあ僕、メイド長と相談してくるから」
「いってらっしゃい」
クアラは呆れたようにため息を吐いて、部屋を後にした。
◇ ◆ ◇
「そういえばこの前、今度キャサリン嬢を家に招待するって言ってたけど、あれ、結局どうなったんだ? 彼は来たのか?」
帰って早々呼び出されたかと思えば、アッシュも他の親戚たちと同じようなことを聞く。
すでに両親や叔父には当日に聞かれ、腹を抱えて笑われた後である。十日以上経っても未だに悔しさは引かず、それどころか自分のふがいなさを悔やむ日々。
だが未熟さと向き合わねばいつまでも前に進めないということは、あの日、クアラ殿から学んだことだ。唇を噛みしめながらもあの日を思い出す。
「彼は、クアラ殿は来なかった」
「従兄弟の方も?」
「ああ。彼女一人だった」
「残念だったな。だが彼が一人で寄越すとは……意外だな」
あの日、キャサリン嬢は一人で我が屋敷を訪れた。従者は御者のみで、従兄弟の同行すらない。
警戒していないという証なのだろうが、同時にクアラ殿に相手にされていないという証明でもある。
俺がキャサリン嬢を紹介して欲しいと頼んだのはクアラ殿と会うため。
正確には屋敷に呼ぶつもりなどなかった。キャサリン嬢に興味があると伝えればクアラ殿は姉に相応しい男か見極めるために戦ってくれると聞き、実際にその現場を何度も見ていたからこそ、自分も、と思ったのだ。
けれど彼は剣を抜いてはくれなかったし、屋敷にも来てはくれなかった。
あれほど姉を大事にしているはずの彼が、だ。
剣術大会に出られない俺が、騎士団に入る予定のない彼に自分の実力を見せるにはこれしか手段がないというのに……。
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