5.ビラビラが付いたドレス着るより鍛練したい

 とはいえこれでも家にある中で地味目なのを選んでくれたのだ。

 ビラビラことレースを指先で弄っていると「もうっ! 弄らないの!」なんて怒られてしまった。


「心配だし、やっぱり僕もついて行こうかな」

「いつもと様子が違うキャサリンだけならともかく、姉をそわそわしながら見守るクアラまで揃ったら言い訳のしようがないだろ」

「そうだけど……」

「クアラは俺と留守番な。兄さんが遠征中で稽古つける相手がいないんだろ? 待っている間は俺と稽古しようぜ」

「……分かった。姉さん、動きにくいからって裾をたくし上げたりしちゃダメだからね?」

「大丈夫だって」


 クアラの心配も分からなくもない。

 だが以前ライドの家に遊びに行った時にめくり上げたのは、ドレスの中にある隠した短剣で子ども達の攻撃を防ぐため。


 ライドの甥っ子が屋敷内でゲリラ戦の鍛錬をしているなんて知っていたら、遊びに行かなかったのに……。


 彼らは生まれつき嗅覚がいいらしく、私とクアラを嗅ぎ分けて毎回襲いかかってくるのだ。

「姉ちゃん遊ぼ~」なんて完全に遊んでもらっているつもりだし、私としても懐かれて嬉しいのだが、相手の服装などを一切考慮しない。


 そんな訳でいつもどこかしらに武器を仕込んでいくのだが、たまたまあの日の服にはちょうどいい収納場所がなく、仕方なしにドレスの中に隠したーーと。


 クアラからしてみればそれすらはしたないとのこと。

 今回だって落ち着かないからとお気に入りのナイフを隠そうとして、止められてしまった。その行動もクアラの心配を大きくする要因なのだろう。


「心配なら今からでもたくし上げられないように内部をベルトで繋いでもいいし!」

「……兄さんが帰ってくるまで、延期してもらえば良かった」

「もう当日になっちまったんだから、後は問題起こさないように願うしかないだろ」

 ライドは頭を抱えるクアラを宥め、そろそろ時間だと私を急かす。兄が不在の時はいつだって世話を焼いてきてくれた彼が、キャサリンとしてクアラを娶ってくれるのが一番平和的解決なのだが……と考えたのは内緒である。



 面倒くさいな~。鍛錬したいな~。

 そんなことを考えながら馬車で揺られること四半刻。

 指定された彼の屋敷へと到着すると、玄関先で彼が待っていてくれた。


 ーーなぜか剣を携えて。

 息は軽く上がっているし、うっすらと汗がにじんでいる。


 緊張を和らげるために今まで鍛錬でもしていたのだろうか。

 私ならともかく、普通の令嬢ならドン引きするだろう出迎えに、帰りたい気持ちが高まっていく。


 それでもクアラが来るよりはマシだったと自分に言い聞かせ、なんとか笑みを維持する。


「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

「ご足労頂き感謝する。……ところでクアラ殿の姿が見えないのだが、今日は来ていないのだろうか」

「ええ、弟が何か?」

「彼はキャサリン嬢との結婚を願う騎士達を次々に倒していると耳にしていたもので、今日も一緒に来るとばかり」

「さすがの弟もアイゼン様に挑むなんて無謀な真似はいたしませんわ」

「そうか……」


 あからさまに肩を落とすアイゼン様に、鍛錬はクアラ対策かと納得した。そこまでしなくとも私がアイゼン様に勝てる訳がない。挑むつもりもない。


「では良かったらケーキを食べていってくれ。俺は裏庭で鍛錬をしているから」

「え?」

「ケーキは苦手だったか。なら、クッキーでも」

「いえ、あの、私、今日はアイゼン様とお話をするつもりで」

「…………ああ、そういう建前で話しかけたんだったか。すまない、忘れていた」


 普通、忘れるか?

 結婚か婚約の話を持ちかけるために相手の弟と戦おうという人が、だ。

 だが忘れていたというのもポーズではなかったらしく「汗臭いままで女性と一緒の部屋で過ごすのは良くないな」とシャワールームへと向かってしまった。



 残された私はまた日を改めるという申し出を却下されて客間に通され、ケーキとお茶をご馳走になっている。


 いちごの乗ったショートケーキは好みだし、おそらくお高いのだろう紅茶もいつも飲むものとは香りからまるで違う。


 けれど私の頭にあるのは彼が先ほど残した『建前』ってなんだろうということ。

 先ほどの行動から見て、おそらくアイゼン様はキャサリンに好意などない。


 だがキャサリンに大量の婚姻・婚約話が持ち込まれている中で、彼女に好意がないにも関わらず、わざわざ紹介してくれと頼む理由が分からない。偶然目撃者がライドしかいなかったが、あの鍛錬場は貴族令息なら誰でも利用できる場所だ。誰に見られたっておかしくはなかった。


 見られれば今頃、アイゼン様がキャサリンに好意があるという話は社交界中に広がっていたことだろう。リスクが大きすぎる。

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