44.自然と共に舞う

午後も鍛錬を続ける様子だったので、返事は早くとも夜だろう。

早く戦いたいとソワソワしだすクアラに「私と手合わせする?」と聞くと、ふるふると首を振った。


「でもライドが来るまでまだ時間あるよ?」

「城での騒ぎがあったから、生徒達は令嬢達から順番に家に帰されることになったんだって。だからそろそろ来るはず……」

「クアラ、いるか〜」

「来た!」

「あ、キャサリンもいる。帰されたのか」

「ねぇライド明日暇? 暇だよね? 暇じゃなくても僕たちのために空けてくれるよね?」


ね? ね? と詰め寄るクアラに、ライドは特別驚きもせず「暇だな」と返す。そこからしばらく考えてようやく「明日って何かあったか?」と質問を投げかけた。


実は、と切り出せばすぐに見届け人を引き受けてくれた。


「そういうことなら日程決まったら伝えてくれ。予定が入っていても断る」

「いいの?」

「キャサリンの今後に関わるんだから当然だろう? それにアイゼン様の本気を見られる機会なんて二度とないチャンスだ。今後のためにも見ておきたい」

「これから二度三度と続くんだからそんなにありがたがらなくてもいいと思うよ」

「クアラ、やる気だな」

「当然。姉さんをタダでやるわけにはいかないからね。ライド、アイゼン様との戦いに備えて鍛錬するから相手してよ」

「了解。俺も本気でいく」

「そうこなくっちゃ」


そういえばライドの本気もそうだけど、クアラの戦う姿を一度もみたことない。魔物討伐を始めてからめきめきと力を伸ばしているらしい。


「ねぇその鍛錬見ていい?」

「ダメ」

「混ざらないで端で見てるから」

「ダメったらダメ。姉さんはベーラの剣舞の練習してて。あとちょっとで完成するって言ってたでしょ」

「なんでよ……」


ほらあっち行ってと背中を押され、クアラ達の使う裏庭とは反対の場所に追い出される。クアラの指示で使用人が持ってきてくれた剣を受け取りながらポツリと漏らす。


「本当に不安なところ固めるだけなんだよな〜」


実はあの夢を見る前日に通しでの練習を成功させている。途中で体勢が揺らいだり、歩幅が狭くなってしまったりと不安なところは残っているが、正直あと二、三回もすれば完成してしまう。急ぐ理由もない。


それよりクアラ達の様子が気になる。

隙間からでも見られないかと屋敷の中に戻れば、それを見越していたのだろうクアラが仁王立ちで待っていた。


「今まで見なくても大丈夫だったんだから、一日くらい待てるでしょ」

「でも明日じゃないかもしれないし」

「こっちが明日でもいいって返したんだから、アイゼン様は絶対明日を指定してくるよ。だから待ってて。あとで剣舞見にくるから」

「は〜い」


子どもに言い聞かせるように言われてはこれ以上ごねることなど出来ない。諦めて剣を取り、私は私の練習をすることにした。



魔物の代わりに空を切り、洞窟よりもひらけた場所で地面を蹴る。

何回も舞えば舞うほど身体が軽くなっていく。感覚が研ぎ澄まされていくというのか、剣が自らの腕に馴染んでいくような気さえする。


途中から繰り返すことをやめ、自分の身体が動くままに舞い続ける。ダンスは得意ではないが、自然が奏でる音はピタリと私の身体に馴染んでいく。


ああ、楽しい。

このままずっと踊り続けていたいと思った時だった。


「綺麗……」

すぐ近くで聞こえたクアラの声にハッとして手を止めれば、ライドと寄り添いながら頬に涙を伝せていた。


「どうしたの!?」

「とっても綺麗だなって」

「このままずっと続けば良かったのに」

「さすがにずっとは無理だよ。お腹空いちゃうし」

「汗もすごいしな」

集中していて全く気づかなかったが、服はびしょ濡れ。剣を握っていた手にも大量の汗が溜まっていた。滑って抜けなくて良かった。


「お風呂の用意をしてもらってるから、入る前に水飲んで」

「ありがとう。二人は?」

「戻ってまた鍛錬を続ける。今ならもっといい動きができる気がするんだ」

「僕も!」


ほどほどにね、と送り出し、お風呂へと向かう。はぁ〜と息を漏らしながら、入浴剤入りの湯船にゆっくりと浸かる。このまま瞼が閉じてしまいそうになるのを必死でこらえ、お風呂から出ていく。


すると部屋の前でクアラが満面の笑みで待ち構えていた。


「明日の朝に決まったよ」

その一言で手紙の返事が届いたことを理解した。


場所はアイゼン様のお屋敷。

あちらの見届け人はビルド様になったようだ。ライドは明日の朝一にバルバトル屋敷に来て、三人で一緒に向かうことになった。



それから夕食を終えて部屋に戻るも、すぐには寝付くことは出来なかった。自然と魔石に手が伸び、同じ石をひたすらに磨いていく。

そんな緊張が伝わったのだろう。クアラは私のベッドの上で枕を抱えながらずっとこちらを凝視している。


「わかった。もう寝るよ」

「うん」

クアラが捲ってくれた布団に潜り、二人で頭を並べて眠る。二人で寝るのなんていつぶりだろう? 子どもの時だって一緒に寝たのは数えるほどしかない。だがクアラが近くにいると不思議と緊張が解けていき、すぐに眠りの世界へと沈んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る