2.剣王様はどうにか回避したい
クアラの体調は年々よくなり、三年前にようやく剣を振れるレベルまで回復したものの、ハードな鍛錬には耐えられない。大会に出られないまま成人を迎えてしまった。
私も私で淑女らしいたたずまいの習得を急いではいるものの、年々信者を増やしていく弟のようにはなれなかった。十年以上前、騎士貴族の息子を演じていた代償は大きく、気を抜くと歩き方が男性的になってしまうのだ。
手の皮だってあつくなったし、マメが出来ては潰れてを繰り返していたためかゴツゴツとしている。どう手入れしたところで白魚のようにはなれなかったし、クアラもクアラで女性的な所作が身に染みついてしまっている。
戻るにはまだまだ時間がかかると悟った私達は、二年前のデビュタントは入れ替わった状態で参加した。
――だがそれがいけなかった。
お茶会の参加を最低限に控えていたクアラを目にした令息達がこぞって彼の虜になってしまったのだ。
元々かなりの数が来ていた婚姻・婚約の申し込みは倍以上に増えた。
もちろん入れ替わったまま結婚する訳にはいかないため、断るしかない。幸い『キャサリン』にはお茶会の参加をなるべく避けるために身体が弱く、男性が苦手という設定がついている。
実際、クアラは身体が弱かったので誰にも疑われることのないまま設定ごり押しでここまで来ている。
沢山の申し込みもその二点を挙げてなんとか断り続けてきた。
たまに弟である『クアラ』に姉を紹介してくれと言ってくる相手もいるが、そういう輩は「私より弱い男に姉を嫁がせる訳にはいかない」と言って力で制している。
格上相手で言いづらい時は兄に登場してもらってーーとなんとか逃げてきた訳だが、ここに来てラスボスのような男が来てしまった。しかも頼りの兄は数日前に遠征に出たばかりでしばらくは帰ってこない。
「なんとか回避出来そうな方法ない?」
「今までのようにとはいかないだろうな。なにせ相手はあのアイゼン様だ。断ったらどうなるかわからん」
アイゼン様は実力も相当だが、王家に連なる家系なので血筋も良い。
二十九歳まで妻を娶らぬどころか婚約者さえ作らずにひたすら剣に打ち込んできた男が見初めたとなれば、王家が動く。
王家が早く彼を結婚させたがっている、身分なんてどうでもいいから彼が欲した女性を娶らせたいなんてぼやいているなんて耳にしなければ良かった……と後悔しても遅い。
どうにか退けなければ弟が奇跡のスピード婚を遂げてしまう。
それだけは何としても阻止せねばならない。頼りになるのは事情を知っているライドだけなのだ。
「そう言わずに協力してよ」
「適当に回避しても、あの人なら何かと理由をつけて会いに来そうな気がするのは俺だけか?」
「だからって会って気に入られたらと思うと……」
「さっきはなんと返したんだ?」
「本人に聞いてみます」
「……本人、ねぇ。あなたの欲した女は男に混じって剣を振っていますよって言えればな~」
「しっ! 誰が聞いてるかわかんないんだから変なこと言わないで」
ライドの口を塞いで、辺りを見渡す。
人はいないようだが、誰かが聞いていたらと思うとゾッとする。
「はいはい、分かりましたよ。我が麗しの剣王様」
「……剣王はともかく、その『我が麗しの』ってどうにかならない?」
「人よけにちょうどいいだろ」
ライドの剣術の腕は相当のものなのだが、本人にあまりやる気がなく、大会での成績も中間止まり。それでも顔が良いので大会参加直後は婚約話がいくつか来たそうだが、今ではめっきり。一部の女性の中では『あの二人は特別な仲なのよ』なんて噂が立っているらしい。
特別といえば特別だ。
なにせ彼は昔から私達双子のことを気遣っていろいろと世話を焼いてくれるのだから。秘密を知っているからだろう。私達双子の夜会のエスコートだって彼が引き受けてくれた。
だからこそいつまでも縛ってしまうことへの申し訳なさもある。
「これからのことを考えると困らない?」
「俺、結婚する気ないし」
「そうなの? 初耳」
「言ってなかったっけ? 俺さ、冒険者になって世界中を旅したいんだ。昔よくあの子に読み聞かせしてただろ? それでいろんな本を読んで、自分でも実際に見てみたいと思ったんだ。跡継ぎだって兄貴がいるし、兄貴の子どもだって今度五人目が生まれることになったから問題ない」
「おめでとう! 今度、お祝い持っていく」
「ありがとう。でも俺達のことより『キャサリン』のことだろ」
「あ、そうだった。どうしよう……」
どう断ったものか。
帰りの馬車に乗りながら悩みに悩んだ末、結局当事者であるクアラの判断に任せることにした。
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