姉弟で入れ替わって十一年、今日も私たちは元気です

斯波

1.入れ替わった双子

「では良い返事を期待している」

 アイゼン様は言いたいことだけ告げて去って行く。

 去りゆく背中が羽織るそのマントが、騎士団の中でもトップの実力を持つ者のみが着ることを許される赤マントでさえなければ、今頃剣を交え、全力で下していたことだろう。けれど彼はそんな決闘じみた真似が出来るような立場ではない。


 全くたちの悪い相手に絡まれたものだ。

 後ろ姿が見えなくなるまで耐えていたため息はこらえていた分、多くの幸せと共に口から吐き出されていく。


「今のはアイゼン様か? あの人が共同鍛錬場に来るなんて珍しいな」

「ああ、ライド。居たの」

「タオル取りに行くって言って全然帰ってこないから見に来た。そしたらなんか話しているみたいだったから待ってたんだけど、何の用事だったんだ? ついに第一部隊からも引き抜きの話が来たのか?」

「いや、もっと悪いこと」

「……もしかして」

「キャサリンに紹介して欲しいって」

「ついにアイゼン様までも陥落したか」


 はぁ……と二人で深いため息を吐くのには訳がある。

 アイゼン様が惚れたのは、私と入れ替わった弟なのだ。


 私と弟のクアラが初めて入れ替わったのは十一年前のこと。

 貴族の子ども達は六歳となった年に、女の子ならお茶会で、男の子なら剣術大会でお披露目されることとなる。

 お茶会の方は朗らかとしているが、剣術大会の方は学園卒業前の男児が一挙に集う。もちろん家格が上の者には忖度もあることにはあるが、この剣術大会は将来、騎士団に入れるかどうかを分ける重大な役目を担っている。

 軍事力を重視するこの国では貴族の権力と並んで重要視されるのは武術であり、騎士団に入れることは名誉とされる。



 つまり、参加者のほとんどがわりと全力で取りかかるイベントである。


 歴代で何十人もの騎士を輩出している当家の男児ともなれば、当然のように他家から注目されている。バルバトル家のクアラを下せば一気に名を挙げられるなんて噂がたったほど。だがクアラは生まれた頃から身体が弱く、とてもではないが将来をかけて剣を交えることなど出来るはずがない。


 剣術大会の参加は貴族男子の義務である。

 棄権は出来ない。だが出れば相手は全力で斬りかかってくることだろう。


 悩んだ末に我が家が取った行動が、幼い頃から兄について回っていたおてんばな私と、身体が弱く大人しい弟の入れ替わりだった。


 幸い、私達双子はうり二つで大人しくしていれば親戚ですら見分けるのは難しいほど。

 年に一度のイベントだし、お医者様も成長に連れてクアラの体調も良くなると言っていた。だから弟の体調がよくなるまで、そう決めて私は剣術に励んだ。


 五歳から一年間というわずかな時間にもかかわらず、私には剣の才能があったのか、はたまたお父様の教え方が上手かったのか、才能をにょきにょきと伸ばしていった。



 まさか最年少で優勝してしまうなんて誰も想像なんてしていなかった。

 私だって上に上がる度にさすがにマズいと手を抜こうとしたのだが、相手は鬼気迫る形相で迫ってくるのだ。下手に手を抜けば、剣術歴一年の私が怪我をすることは目に見えていた。


 やらかしに気付いた私は、会場で唯一私の正体を知っているライドに励まされながら屋敷に戻った。


 けれど盛大にやらかしていたのは私だけではなかった。

 クアラもまたお茶会で盛大に目立ってしまったのである。


 まぁクアラの場合はあまりの美しさに嫉妬してきた令嬢達に嫌がらせをされ、その意図が分からずに不思議がっているところを、美しさに魅了された周りの令嬢がかばってくれたので不可抗力だったのだが。


 ちなみに間接的な原因を作ったのは母とメイド達である。

 兄のおさがりをどこからか見つけ出し、ドレスではなくズボンを履いて駆け回るおてんば娘の私を見て、母は毎日ため息を吐いていた。だがここで兄の服を取り上げたところで今度は弟の服を強奪するだろうと、我が子を着飾らせることを諦めていた。



 だがここに来て絶好の素材が手に入った。

 しかも無理矢理着せても嫌がらないどころか、足も開かずに大人しくしているのである。今後いつ可愛いドレスを子どもに着せられるか分からない! とメイドと共に張り切って、少しばかり力を入れすぎたのである。


 顔が似ていても弟からは儚さと気品が溢れ出ている。

 着飾らせればどうなるかくらい少し考えれば分かることだったというのに……。



 結果、私には男性陣の羨望と嫉妬の視線が集まるようになり、クアラには女性陣の嫉妬と信仰が集まるようになった。バルバトルの双子といえば『最年少の剣王』と『お茶会の妖精』ーー誰も双子で入れ替わっているなんて疑いすらしない。

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