23.香りもの

「良い香りだし、デザインも女性ウケ良さそうだよ?」


 クアラなら気に入ってくれると思ったのだが、蓋を開けても表情は変わらない。


「前回のアクセサリーよりはマシだけど、なんでこうも微妙なものばかり渡してくるんだろう……。姉さん、男性から気安くもらっちゃいけないプレゼントベストスリーってなんだか分かる?」

「えっと一つはまずアクセサリーでしょ? それから食べ物と飲み物かな? 薬入って連れ込まれると怖いのよって母さんが言ってた」


 クアラとの入れ替わりを解消するという話が上がった時、お母様が真っ先に教えてくれたのはこの話だった。


 夜会やサロンに出席すると、ごく稀に怪しい薬を飲ませようとする不届きな令息がいるそうだ。それも身分が高い方にも一定数いるのだそう。

 未婚の令嬢や、結婚していても下級貴族の奥方様が狙われてしまうらしい。


 どちらも何かあった際に揉み消しやすいから。


 父さんが私を結婚させたがっているのも、私にバルバトル以外の後ろ盾を与えようとしているからだったりする。


 武力はあっても、やはり令嬢。

 権力としてはやや心もとないのだ。


 だから気をつけろ、と。

 クアラはこの辺りをそつなくこなすのだろうが、私では少し心配なのだろう。


 正直、私も心配だ。

 帯刀出来ない場面ならなおのこと気をつけねばならない。


 兄さんはいざとなったら近くにある花瓶で殴るなり、思い切り蹴り上げるなりしろと言い、体術も仕込んでくれたが、やはり何もないに越したことはない。


 だからこの話はきっちり頭に入れてあった。

 けれどクアラの求めていた答えとは違ったらしい。


「アクセサリーは正解。でも後ろの二つはプレゼントじゃなくて夜会で受け取っちゃいけないものかな。正解はドレスと香水です。親しい相手、婚約者とか家族だったら別にいいんだけど、この二つはアクセサリーと並んで所有を意味するの」

「香水がアウトってことは石けんもアウト?」

「そういうこと。香りは目には見えないけれど、人のイメージを決定づけるものだからね。それに香りとともにあなたを抱きたいって下心も含まれてたりするんだよ」


 クアラの言っている意味は何となく分かるが、アイゼン様がそんなことを意図してやっているとは思えない。


 これも二人で使ってくれって言ってたし、下心と言われて浮かぶのはクアラとの繋がりである。所有とか性的な意味とかはまるで感じない。


「まぁアイゼン様にその意図はないんだろうけど。むしろあったらなぜ姉さんを半刻も放置したのかって殴りかかっちゃう」

「ダメだからね?」

「分かってる。まぁ実際男女ともに使える香りで姉さんも気に入っているみたいだし、受け取ったのに使わないっていうのも失礼にあたる。ということで、お言葉に甘えて僕も使わせてもらうことにするよ」


 まだそこ引きずってたのか……。

 だが令嬢としての対応をされていないからこそ、クアラの警戒が解けている。


 それが良いことなのか悪いことなのか、私には判断できない。けれど石けんを受け取ったことは正解だったと思いたい。


「それにしても可愛いよね〜。アイゼン様が選んだなんて思えない。ハンカチに香り移そうかな〜」


 なにせクアラが箱に釘付けになりながら大喜びしているのだから。


 箱ごと手渡せば、中にある花を手にとって香りを楽しんでいる。


 解体して使うアイテムだが、持っても崩れない。使うまで透明な箱に入れておけば見て楽しむこともできそうだ。


「でも姉さんのために母さんと考えていた香水が無駄になっちゃったな~」

「香水? 今日、クアラから借りたのとは別に?」

「あれは僕用。姉さんと僕じゃ合う香りが違う。それに相手に与えたいイメージも、ね。僕のキャサリンはなるべく踏み込まれないよう、高貴なイメージを大切にしているから白百合をベースにいろいろと香りを掛け合わせてブレンドしてるの。それにアクセサリーや服だって毎回それに合うように考えているんだから」

「へ〜」


 言われるままに身につけていたが、流行りの他にもそんなことに気をつけていたのか。顔が似ているからクアラが使っていたものをそのまま、もしくは似たものを使えばいいとばかり思っていた。


 女性はオシャレで武装すると耳にしたことがあるが、あれも案外比喩ではないのかもしれない。


「そんな意味でもこの石けんは効果は短くとも良い牽制になるかもね。これで婚約の申し込みやお茶会の誘いも少しは減るといいんだけど」

「使う石けん変えただけでそんなに変わる?」

「令嬢達は変化に敏感だよ。もちろん同じ香りの香水があるならそれを使うに越したことはないけどさ。それに男の人だって父さんやアイゼン様みたいに鈍感な人ばっかりじゃないんだ」


 鈍感、か……。

 香水ならともかく、石けんが変わったくらいでは私も気づかないと思う。そう伝えれば即刻私も鈍感仲間に加えられてしまうのだろう。


「使ってみて姉さんに合うようだったら香水がないか調べて取り寄せるのもありかな〜」

 クアラはそう言いながら箱を抱えて、お風呂場へと向かっていく。足取りは軽く、相当気に入ったようだ。

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