22.二度目の贈り物は消耗品
「こちらは受け取ってもらえるだろうか?」
「これは?」
「開けてみてくれ」
結ばれた紫色のリボンを解き、丸形の箱を開けるとふわっとシャボンの香りが鼻をくすぐる。
中身は花の形をした石けんだった。
添えられた説明書を読んでみると、花びらが取れるようになっているようで、一枚一枚バラしてから使うらしい。
「遠征場所近くの村の名産の花を使っているらしい。以前タオルをもらって嬉しかったから、普段使えるものがいいかと思って……。もしよければクアラ殿と使って欲しい」
どうやら魔石が断られるのは想定内だったようだ。
消耗品なら受け取っても怒られないだろうし、なによりクアラが気に入りそうなデザインだ。姉弟で使って欲しいと用意されたものなので、私も使いやすい。
「ありがとうございます。是非、使わせて頂きます」
「ああ」
陽も暮れ始め、お土産を手にして屋敷を去る。
アイゼン様は鍛錬をもっと早く切り上げていればと悔しげで、馬車が走り出してからも名残惜しそうにこちらを眺めていた。
窓から軽く手を振れば、小さく振りかえしてくれる。そんなところも可愛いと思ってしまう。
お土産にもらった石けんは、膝の上に載せている。
一度解いたリボンは完璧に元に戻すことは出来ず、ガタゴトと揺れる度に隙間からはほのかな香りが流れ出す。まるで私の周りだけ花が咲いているかのような空間に自然と頬が緩んだ。
「ただいま〜」
「おかえり姉さん! 今日はどうだった? 楽しかった? ハンカチ渡せた?」
「楽しかったよ。ハンカチも一応渡せた。贈り物として認識されているかは微妙だけど」
今回も玄関先で待っていてくれたらしいクアラに、戦果報告を行う。何かしらの進歩があったわけではないが、アイゼン様にとっても有意義な時間だった、と思いたい。
「どういうこと?」
「鍛錬して汗かいてたから拭いてくださいって渡したの」
「…………アイゼン様、また鍛錬してたの?」
「うん。今回は裏庭でしててね、しばらく見せてもらったの。すごい集中力で、半刻くらい全然気がつかなくて」
そう告げると、クアラの表情がみるみる歪んでいく。口元をヒクつかせ、アイゼン様への怒りを露わにする。
「それ、女性を呼びつけておいてどうなの? 姉さん、舐められてない⁉︎ 嫌だったら即断っていいんだからね? 僕がクアラとしてありったけの嫌味を込めて手紙送るからね」
「いやでも放置されてたわけじゃないし」
「放置以外の何があると⁉︎ いくら姉さんが令嬢として対応されることに慣れていないとはいえ、これはアイゼン様を信じて送り出した僕の過失でもあるから、しっかり落とし前はつけさせてもらわないと……」
手紙だけじゃ足りないよね。今すぐにでも斬りかかりに……と不穏な言葉を吐いて、使用人に剣と馬車を用意するように指示を出す。
今日はドレス姿ではないとはいえ、キャサリンが帰った直後にクアラの突撃があれば何事かと心配されるだろう。
「クアラ落ち着いて。ただ単に集中してて気づかなかっただけだから。それに何度も謝ってくれたし、私も納得して見ていたから!」
「そう?」
「それにアイゼン様は敵の明確なイメージを持って鍛錬に臨んでいるから動きを見ていて勉強になったし、遠征中の話も魔物の特徴とかどこら辺を斬りかかればいいとか教えてくれるから楽しくて。取れた魔石も見せてもらったんだけど、この魔物から取れたのかな? って想像すると私も魔物討伐に行きたくなっちゃった」
「それ、やっぱり令嬢として対応されてないじゃない……」
呆れたようにため息を吐くクアラだが、とりあえずアイゼン様のお屋敷への突撃は考え直してくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。
すると今度は私が手に持っていた箱が気になりだしたようだ。
「その箱の中身って、魔石?」
「ううん、魔石はちゃんと断ってきた。これは遠征先で見つけた石けんだって。クアラと一緒に使って欲しいってくれたの。お花の形していて香りもくどくないから一緒に使おう」
「石けん……香りもの……」
「あれ、ダメだった?」
せっかく受け入れてもらえたのに、クアラはブツブツと呟きながら渋い表情をする。
これもまた何か令嬢への対応としてのアウトポイントがあったらしい。
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