30.大満足での帰宅
長いお辞儀のあと、何事もなかったかのように馬車へと戻り、屋敷に送ってもらった。
結局、アイゼン様は劇を楽しめたのか楽しめなかったのかは謎のまま。ただ別れ際、彼は惜しむように私の手を取った。
「また、誘ってもいいだろうか?」
おずおずと尋ねる姿に、次があるのだと嬉しくなる。
「はい。楽しみにしておりますわ」
安心したように緊張を緩めた彼の乗る馬車を見送り、屋敷へと戻る。
「ただいま〜」
玄関先で辺りを見渡すが、今日はクアラの姿がない。はて? と首を捻り、時計を見つけて理解した。
予定よりも帰りが早いのだ。
元々見る予定だった劇は約二刻。途中休憩も入る。一方でドラ剣は半刻ほどで終わった。
元の劇は恋愛要素たっぷりでヒロインの繊細な心情を丁寧に描くのに対し、ドラ剣は戦シーンの荒々しさと束の間の休息の緩急がメインで密度たっぷりな仕上がりとなっている。
兄弟にフォーカスを当てればまた違う仕上がりになるのだろうが、あの作品の魅力はあくまで外の視点で描かれることにある。あのくらいの長さがちょうどいい。
うんうんと満足気に頷き、出迎えてくれたメイドに手伝ってもらいながらドレスを脱ぐ。メイクも落としてもらって、だらんとソファに身を預けた。
「姉さん、おかえり。早くない?」
「ただいま、クアラ。ちょっと予定変更があって、ドラ剣観てきたの」
「え、なにがどうなってドラ剣になるの? というかドラ剣やってるの?」
「帰りの馬車からたまたま見つけて、アイゼン様の手を引いて観てきた。この前魔物狩り行った時の報酬持って行ってて良かったよ」
「まさかチケット代、姉さんが出したの?」
「うん、私が誘ったから」
「……なんで予定変更になったの? アイゼン様と一緒に観てきたってことは仕事が入ったとかじゃないんだよね?」
なんで? おかしくない? と詰め寄るクアラに、私は事の顛末を話した。
すると返ってきたのは大きなため息だった。
「え、やっぱりドラ剣に誘ったのがまずかった? アイゼン様のあの反応ってアウトだったの?」
「僕は今、アイゼン様に呆れてるよ」
「なんで?」
「自分からデート誘っておいて、直前でチケットを身内に譲る阿呆がどこにいるのさ!」
「粘ってくれたけど、相手は幼い頃から面倒を見てくれた相手だし、十年間も好きなもの堪能できてないっていうし仕方ないよ」
「だからってもっといい方法あったでしょ!」
「でも私もクアラがメルディ様と同じ状況だったら多分譲る。好きなものにもう少しで手が届きそうな状況にいる大切な人に諦めて帰れなんて突き放せないよ」
一緒に観ることも出来なくはなかっただろう。
ただ気心が知れた相手ならともかく、メルディ様と私は初対面。十年越しの観劇を集中して観るには私は邪魔者となってしまう。
だから、これが私の最適解である。
「……姉さんは人が良すぎるよ」
「良い人は考えもなしにたまたま見つけた劇に連れ込まないと思う」
王都にあるとはいえ、少し前にいた劇場に比べればかなり規模が小さい。
突然入って個室なんて取れるわけでもなく、私とアイゼン様の隣には見知らぬ観客だっていた。冷静さを失っていたとはいえ、自分よりも身分の高い男性を突発的に連れ込むような場所ではない。
「……クアラ、ごめん。劇場に入るところ、誰かに見られたかも」
「バレたらアイゼン様とのデートにはしゃいでたことにするから大丈夫。そんなことよりさ、今日、楽しかった?」
「とっても! 今なら昔は踊れなかったベーラの剣舞も出来そうな気がする。あ、でも二刀流から練習しないと」
「ならいいや。剣舞できそうだったら僕にも見せてね」
「うん」
「とりあえず今日はお風呂入っちゃいなよ」
「そうする」
今日は本当に楽しかった。
肩まで湯船に浸かりながら、ぁ~と大満足の息を吐く。
そういえば劇の最中は気にならなかったが、こうして比較してみるとガルドとベーラの関係性も違う。
今回の劇に向けて恋愛小説の他に建国物語も全て読んだが、ガルドとベーラが兄弟として描かれていたのは『ドラゴンと剣士』のみ。
もっといえばベーラの性別が男性なのもこの作品だけ。他の作品では夫婦や恋人として描かれている。
そして二代目国王となったシュバルツはガルドとベーラの子どもとなっている。
建国者であるシュバルツが二代目国王となったという共通点はあるが、ドラ剣のみが建国物語で唯一、王族の血にはガルドとベーラの血が継がれていないことになっている。
なんで、ドラ剣だけ違うんだろう?
ベーラがずっと前線に立っているから? ならガルドとベーラの名前を逆にすれば済むような気がするんだけど……。
「兄弟と恋人・夫婦って全然違うよな~」
建国物語を専門として調べている学者さんもいるらしいけど、未だにどれが正解か分からない辺り、ガルドとベーラの性別や関係性を断定できるだけの情報がないのだろう。
初代の王様なのに本当に不思議だ。
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