29.ドラゴンと剣士②
シュバルツはランタンを手に、その中の一つから奥へと入っていく。
ズンズンと進んでいくと次第にその匂いが強く鼻にまとわりつくようになっていく。上着の首元を上げて鼻を覆い、進んでいくとやはり魔物の死体があった。
切った痕が分からないほど腐敗が進んでいる。そんな死体が道にいくつも落ちているのだ。それも奥に行くごとに数を増していく。シュバルツはこの先に待ち構えているかもしれない敵に備えて剣を抜いて、進んでいく。
そしてシュバルツはようやく二人を見つけた。
「ああ、遅かったのか……」
ーー身体の半分がドラゴンになってしまったガルドと両手が剣に変わってしまったベーラの二人の亡骸を。
周りには腐敗が進んだ魔物の山が築かれており、彼らが二人だけでこれらの魔物を相手にしていたことなど簡単に想像できた。
二人が消えたのはこれら全てを引き寄せるためだったのだろうと理解し、涙を流した。
二人の亡骸を洞窟の外に運び出し、ひっそりと埋葬したシュバルツは涙をぬぐい、立ち上がった。
「最期まで人を守り抜いた彼らの意思は私が継ごう」
そこからかつての仲間を集め、彼らの眠る山を囲む一帯に、ガルドとベーラの兄弟が礎を築いた国ーーガルドベーラを建国した。
すでにこの世を去った兄弟を始まりの王として据え、シュバルツは二代目として国のトップに立つこととなった。
国を築いた頃には戦神と呼ばれた彼らの活躍を知る者は少なくなっていた。だが彼らの名前は国となり、永遠となった。
「私は従者であって、王ではない」
シュバルツはそう言い残し、大勢の家族や仲間に見守られながらベッドの中で一生を遂げた。
・・・・・・
そこで幕が降りる。
会場からまばらな拍手がある中で、私だけが大絶賛の拍手を送る。
素晴らしかった。
特にシュバルツ達が二人を探して旅をするシーンは、ガルド役とベーラ役の二人はひたすら舞台端で戦っているのである。
スポットライトは主役のシュバルツに当てられていても、彼らは影の中で戦い抜いていた。
またガルドとベーラの変わってしまった部分に目が行きがちで、ナレーションにも含まれていないが、ガルドの右手には古びた本がしっかりと握られている。
あの本の存在が、今まで剣を握ってこなかったガルドの果敢で勇猛な姿をより強く印象付けている。
「かっこいい……」
この物語の主人公はシュバルツだ。
彼が国を築くまでの物語であり、ガルドとベーラはそのきっかけを作ったに過ぎない。
だが題名が指しているのはガルドとベーラであり、私にとってのヒーローも彼らだ。
この劇を、シュバルツの視点を通して、二人に惹かれる一員になれたような気がする。
幕が上がり、演者さん達が次々に挨拶を行う。
楽しませてくれた彼らに手が痛くなるほどの拍手を送り、閉演のアナウンスがなるまで席を立てずにいた。
だから気づかなかったのだ。
アイゼン様が隣で涙を流していることに。
「ア、アイゼン様⁉︎ なにか嫌なことでもありましたか」
静かに涙を伝せる彼に今までの興奮が一気に引いていく。
私は大満足だったが、よくよく考えればシュバルツは建国者であり、アイゼン様のご先祖様である。
そんな人が劇の中とはいえ、王ではなく従者になりたかったなんて言って締めくくられる劇はお気に召さなかったかもしれない。
つい自分の好みを優先してしまったが、もっと良い劇があっただろう。
何とか謝罪の言葉を絞り出そうと試みる。けれどどんなに考えたところで私の頭の中に浮かぶのは、劇と登場人物・役者さんへの賛辞である。
なんならガルドとベーラの剣舞について語り出したいくらいだ。
こんなことになるなら恋愛小説以外も読んでおくんだった! と後悔していると、アイゼン様はポツリと言葉をこぼした。
「今日、あなたとこの舞台に来られて良かった。本当に素晴らしい劇だった」
「は、はぁ……。満足していただけたようで嬉しいです?」
褒めてる、のかな?
私が絶賛しているから気を使わせているだけなのでは? という気もするが、それでは涙の理由がわからない。
ハンカチを渡せば、彼は目を押さえるように涙を拭う。そしてゆっくりと立ち上がると、役者さん達が降りた後の舞台に向かって深い礼をした。
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