28.ドラゴンと剣士①
・・・・・・
あるところに瓜二つの兄弟がいた。
身体の線が細く、中性的な見た目の二人は多くの者を魅了した。
けれどこの兄弟の優れたところは見た目だけではない。
兄のベーラは剣の腕では隣に立つものはいないとまで言われ、弟のガルドは頭の回転の速さからいくつもの戦を勝利へと導いた。
いつからか戦神とまで呼ばれるようになった彼らを慕う者は多く、二人が歩けば後ろには何百もの人が列を成した。
シュバルツもその一人である。
眩い光に惹かれて、二人が先頭に立つ集団に加わるようになった。
ガルドとベーラの近くで過ごすうちに、シュバルツはますます二人に惹かれていった。
戦神の頭脳と呼ばれるガルドは意外とわがままな性格で、兄達を度々困らせていた。けれどそれは彼なりの愛情表現で、心を許した相手にしか甘えることがない。
甘える彼に手を伸ばしても猫のように軽やかに躱され、何もなかったかのように兄の元へと去ってしまう。
シュバルツは何度も空を掴んでは、揶揄うような笑みを向けるガルドの頭を撫でるベーラの姿を見てきた。
つれないガルドにますます溺れていく者や彼への愛に狂っていく者もいたが、シュバルツはそのどちらでもない。
兄弟で笑い合う二人が好きだった。
ガルドが甘えるのは戦の前後であることが多かった。彼は兄を含めた前線に立つ剣士達が心配なのだと気づいたのはかなり後になってのことだった。
それでもガルドとベーラは戦を止めることはしない。
彼らは苦しむ者達を見逃すことなど出来なかったのである。
見知らぬ誰かを救うために剣を振り、住処を得る。そして勝利の祝杯をみんなで分かち合うーーそれが二人の生き方だった。
シュバルツは彼らと共に戦えることが幸せだった。
けれど勝利の数だけ人から恨みを買うことも増えていく。
それは人間以外の敵、魔物が大量に湧き上がると顕著になっていった。慣れない敵を相手に人々は疲弊し、怪我を負い、今まで隠れていた人の傲慢さが徐々に浮き彫りになっていく。
守られて当然。
怪我を負ったのは二人のせい。
そう初めに口にしたのは誰だったか。
はじまりはわからずとも、次第に不満は伝播し、大きさを増していく。
それでも二人は守り続けた。
剣を振り、知識を絞り、毎日昼も夜もなく戦い続ける日々。
ガルドは甘えることがなくなり、ベーラは眠る時間が極端に減っていった。誰よりも疲弊していたのは彼らだっただろう。
ある朝、二人は忽然と姿を消した。
二人だけではない。
今まで人々を襲っていた魔物すらも一晩にして消え去ったのである。巣穴を調べてももぬけの殻。だが爪痕や抜けた毛が残っており、魔物がそこに確かに生息していたことを告げていた。
一体何が起きたのか。
平穏が訪れたと浮かれる人々を横目に、シュバルツ達は消えた二人を探すことにした。
消えた二人に代わり、シュバルツが集団を率いてさまざまな土地を巡った。
どこも彼らと共に歩いた道である。
寒い土地も暑い土地も、乾燥で喉が引き吊りそうになる土地も、二人が前にいてくれれば辛いことなどなかった。
けれどその二人はいない。
彼らが消えてから時間が経つごとに、集団から一人、また一人とメンバーが抜けていく。
決して悪いことではない。
平和になった場所を見て。
ずっと前に離れた故郷を見て。
帰りたい・この場に残りたいと思うのは、長らく平和のために戦っていた彼らの当然の欲なのだから。
シュバルツは一人一人と別れの言葉を交わし、歩みを進めた。
何年も何年も。
やがて大陸を全て回り切ったが二人は見つからなかった。
それを区切りとし、残っていた仲間は別れを告げていった。
それでもシュバルツは脳裏に焼きつく二人の姿をもう一度目にするまで、諦めることなどできなかった。
一人になっても必ず見つけ出して見せると。
その執念だけで探し続けた。するとあの夜、寝床としていた街で不思議な話を耳にした。
最近、近くの山で妙な匂いがするというのだ。
情報を聞き、歩き回ってようやく臭いの元を発見した。
崖の下、岩の陰となっていて気づかなかったが大きめの穴が空いていたのだ。
その他にも穴がないかと確認したところ、川横や木のうろなど、何箇所か入口が発見された。確かにどこもうっすらと異様な匂いがする。もう何年も嗅いでこなかった、人々がすっかり忘れてしまった魔物の匂いが。
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