31.新たな相棒と家族の特権

「ふ~んふふ~んふ~ん」

「姉さん、ご機嫌だね」

「ベーラの剣舞練習したいって父さんに言ったら、練習用の剣を譲ってくれたの」


 ほら、と手に持った二本の剣を見せる。

 私が公式戦で使っている剣と同じくらいの長さで、刀身は細い。敵を下すためのものではなく、動きの線を見せるためのものだ。



「良かったね! でもこの剣、どうしたんだろう? 父さんが使ったら折れそうだし、僕たちが昔使っていた剣とも違う」

「これは剣舞を練習するための剣なんだって。今回にぴったり!」

「よく持ってたね」

「父さんもベーラの剣舞を練習したことがあって、そのとき使っていた剣だって」

「ということは父さんはもう踊れるの!? 観たい!」


 私がドラ剣を観た翌日、クアラは父さんにねだって王都へと連れて行ってもらった。だが残念ながらドラ剣の上演は終了していた。


 元々あの劇場は他の劇団が使う予定だったが、船が遅れて間に合わなかったらしい。


 そこに劇場のオーナーと知り合いだったあの劇団が急遽公演を決めた、と。


 たった一日だけの突発上演。

 チケットの事前売り出しはなく、私達以外の観客もまたあの場で観劇を決めた人達だったようだ。

 帰ってきたクアラは「観たかった……」と悔しそうにドレスの裾を掴んでいた。



 あの日の私は相当運が良かった。

 神様が味方してくれたどころか、メルディ様にチケットを譲ったわたしたちへのプレゼントといっても過言ではない気がする。



 こればかりは仕方がないと劇自体は諦めたクアラだったが、剣舞への関心は未だ冷めていない。


 キラキラと目を輝かせて父さんの元に行こうとするクアラには申し訳ないが、私はふるふると首を横に振る。


「ううん、早々に諦めたみたい。父さんは身体が大きいから、細かいところの動きがどうしても難しかったみたいで」

「そっか……残念」


 肩を落とすクアラはつい少し前に見た父さんの落ち込む姿とよく似ている。


 私たちは母さん似。細身で男性と比較すると小柄な方だ。


 見た目では父さんとはあまり似ていない。

 だが仕草や笑い方などふとした表情は父さん似である。


 多分私も。

 笑っちゃいけないと分かっていながらも、ふふっと声が溢れた。


「姉さん?」

「私が見せてあげるから大丈夫。父さんと話しているうちに細かいところも覚えたし、あとはひたすら練習あるのみ!」


 四半刻とまではいかずともそれに近いくらい二本の剣を全力で振り続けるので、体力もつけていかなければならない。だがこちらはやってるうちに慣れるだろう。


 どうせまだしばらくクアラとして出る用事もない。


 キャサリンとしても近々予定が入るということはないだろう。


 私がキャサリンになるのは今のところ、家の中かアイゼン様の前だけ。そのアイゼン様はまだしばらく仕事が忙しそうだ。


 刺繍講座と勉強の時間を抜いても、時間はありあまっている。


 新たな相棒を撫でながら「頑張るから」と気合いを入れる。


「そういえば疑問に思ってたんだけど」

「なに?」

「なんで、父さんと姉さんはそんなに細かいところまで覚えているの? スポットライトは当たってなかったんだよね?」

「父さんは夜目が利くから。それに暗闇の中でもうっすら剣の動きの線とか、魔獣の目とかが見えるようになっているんだ。あくまでシュバルツがメインだから光としては弱いけど、塗料でも塗ってあるんじゃないかな? あとは踏み込みの音とか空を切る音とかで大体場所と動きを把握したって感じ」


 細かい足捌きやガルドとの位置関係などは父さんの記憶頼りだが、手の動きや立ち位置は私が思っていたものと大体は同じだった。


「姉さんって本当にベーラ好きだよね」

「格好いいから! でもガルドのことも好きだよ」

「ありがとう」

「なんでクアラがお礼言うの?」

「僕に似ている気がするから、かな?」

「確かにクアラもガルドも人気だし、兄弟を大事にするところとか似てるかも!」


 目を細めて笑うクアラは何かに思いを馳せているようだ。

 少しだけ悲し気に見えるのは、私が気づいていない部分に何かあるのだろう。


 ドラ剣に限らず、クアラは建国物語をかなり読み込んでおり、ガルドとベーラという人物への解析度が私よりもずっと高い。


「姉さんも。ベーラに似てる」

「そうかな~。ならこれからもクアラを守らないと!」


 お姉ちゃんですから! と胸を張ると、クアラは溢れるような笑みを浮かべた。その顔に悲しさは残っていない。


 よかった。

 社交界ではしばしばその儚さが良い! と言われているが、私はクアラの楽しそうな表情が好きだ。


 呆れたような表情やむくれる顔も。

 寝込んでばかりの時では見られなかった表情全てが愛おしい。


 ……なんて、こんなクアラを見られるのは家族の特権なので、社交界にいる彼らが知らないのは仕方のないことなのだが。

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