46.騎士としても男としても

 アイゼン様もクアラも唇に歯を立てて悔しげな様子だ。


「まさかクアラ殿以外にここまで苦戦させられるとは。本当の名前を聞いてもいいか?」

「クアラ=バルバトル」

「あなたはクアラ殿ではない。戦い方で分かる。だが言いたくないなら無理強いはしない。クアラ殿の他にもここまで強い人が彼女を守っていたとは、俺もまだまだ精進が足りなかったらしい」

「そうではなく……って、調子狂うなぁ。いっそお前は誰だって詰め寄ってくれれば楽なのに」


 頬をかきながら困ったように笑う。

 クアラのことだからきっと入れ替わりについてどうやって話すか、キチンと道筋を考えていたのだろう。勝つつもりで来ているから、今日は明かすつもりはなかったのかもしれない。


 それでももうバレているのだから隠す意味がない。


 まだ震える膝を押さえながらゆっくりと立ち上がり、クアラが本当のことを伝えようと息を吸い込んだ時だった。


「クアラ!」

「アイゼン殿!」


 彼らのすぐ近くにゲートが開いた。

 ライドとビルド殿の声で二人もそのことに気づいたようだが、すでに疲労困憊。これから出てくる魔物に対峙するどころかその場を離脱することすら出来ない。


「ライド、二人を下がらせて!」

「キャサリン、どうするつもりだ!」

「倒すよ」


 お守り代わりに剣を持ってきて正解だった。

 ドレスをめくりあげて剣を取り出す。アイゼン様とビルド殿は目を丸くしてこちらを凝視している。


「ちょっと姉さん!」

 クアラはもちろんカンカンである。その場から動けないながらも、自分の腰のあたりの服をピッと引っ張る。せめて緩んだ服をリボンで調整しろということだろう。


 この状態で服の心配をするとはなんともクアラらしい。

 でもそれはつまり私が負けることを想定していないという、信頼があってこそ。


「クアラ、約束破ってごめん。でもわたしにはここで見てるだけなんて無理。あの夢を見たのはきっと運命だったんだよ」

「キャサリン、嬢?」

 目を丸くするビルド殿ににっこりと微笑む。

「ビルド殿、お力をお貸しください」

「え、あ、ああ」

「発煙筒焚いてもらった! それで敵は……ルーレットルースターか。そいつのくちばしには気をつけろ! ランダムで状態異常を付与してくるぞ」


 戸惑いながらもしっかりと剣を握るビルド殿と、魔物の特徴を端的に伝えてくれるライド。守るべき対象がいる中で、これほど心強い仲間はいない。


「了解! 私はゲートを破壊する」

「援護する」

「よく分からないが、防衛は任せてくれ」


 ライドは前線で魔物を切り、私はゲートに一直線に向かいダメージを与えていく。ビルド殿はクアラとアイゼン様を守りつつ、魔物達が他の場所に移動しないように誘導しては羽根の付け根のあたりを狙って剣で殴っていく。


 ゲートを破壊し終え、ライドの方を確認すればやはり同じ場所を狙って攻撃している。どうやらそこが弱点らしい。


 くちばしが厄介みたいだけど、動きに規則性もある。ということは後ろから狙えばいいのかな? 近くにいる敵を何体か倒せばすぐに要領が掴めた。


 その調子でサクサクと倒していけば、あっという間に魔物討伐が完了してしまった。やはり三人だと効率がケタ違いだ。



「トサカの色はーーよし、全部白くなってるな」

 倒れた魔物を一体ずつ確認するライドに首をかしげる。


「色が何か関係あるの?」

「完全に色が抜けてからじゃないと、防衛反応を起こしてくちばし以外に触れた時でも状態異常を付与されることがあるんだよ。魔石や素材を採集する時はそこに気をつけるといいぞ」

「へ〜」


 目をパチパチとさせて驚くと、試験問題に出てきたんだと教えてくれる。実践を積んでいるとはいえ、まだまだ知らないことも多い。


 兄さんに頼めば学生時代に使っていた教科書を借りられるかな? この前帰って来たばかりだから待つより父さんにねだった方が早い?

 顎に手を添えながらうーんと考える。けれどすぐに現実に引き戻される。



「キャサリン嬢、あなたは一体……」

「クアラ、どの?」

 眉を寄せるビルド殿と、救いを求めるように掠れた声で名前を呼ぶアイゼン様。二人の顔で、ここはアイゼン様のお屋敷だったと思い出す。そして自分がやらかしたことも。


 クアラは自力で歩けるほどに回復したらしく、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そして無言で腰のリボンを直してから私の隣に立った。


「驚かせてしまってすみません。私と弟は十一年前の剣術大会の日から入れ替わっていたんです。私が本物のキャサリンで、こっちが本物のクアラ。今のこの状態が、本当の私達です」

「そんな……」


 アイゼン様と過ごす時間はとても楽しかった。

 だがわなわなと震える彼に自分を受け入れて欲しいとねだることなんて出来ない。それでも自らの行いを後悔していない。


「騙すような形になってしまって申し訳なく思っております。求婚の話もなかったことにしていただいても構いません」


 頭を下げながら、これも運命だと飲み込むつもりだった。だがアイゼン様から告げられた言葉は予想もしていないものだった。


「どちらかを選ばなくてもいいなんて、こんな都合のいいことがあってもいいのか?」

 顔を覆いながら夢みたいだと溢す彼の口元には笑みが浮かんでいる。

 アイゼン様は剣を拾い上げ、私の前までやってくると、おもむろに膝を突いた。


「キャサリン殿、騎士としても男としても生涯あなたに尽くさせてくれ」

「私でいいんですか?」

「あなたの隣で眠りたい」

「私も、アイゼン様の隣にいたいです」

 捧げられた剣を受け取ると、彼は心底幸せそうに蕩けたような笑みを浮かべた。

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