24.少しずつ馴染んでいく

 あれからもらった石けんを毎日使い続けた。


 少しずつ大切に使おうとも思ったのだが、花びらをちぎってみると意外にも量があった。

 その上、花の下に敷き詰めてあった球体もまた石けんだということが判明した。なので二人でじゃんじゃん使ってしまっている。


 ほのかな香りは使うごとに少しずつ身体に馴染んでいく。

 鍛錬後の汗と混じっても嫌な匂いになることはなく、本当にクアラのことも考えて選んでくれたのだと実感した。


 今ある分が終わってしまったら、自分で同じものを買いに行こうかななんて考え始めているほどだ。


 私が石けんの使い心地に満足している中、クアラは香り部分で確実に成果を上げていた。



 クアラは花びらの石けんを石けんとして使用するだけではなく、小物にも香りを移してお茶会へと挑んだのだ。


 そして狙い通り詮索してくるご令嬢達に対して、ただふふふと意味深な笑いを浮かべて返した。


 するとみるみるうちに噂は広まり、お茶会に参加していなかった令嬢・令息達の興味をも強く惹きつけることに成功した。贈り主のアイゼン様も自分だと打ち明けることがないので、噂はますます広まっていく。



 石けんを使い始めてからたった二週間。

 確実に増えたお茶会の誘いと、ほんの少し減った婚約の申し込みが、あの時のクアラの言葉がいかに正しかったかを証明している。


 策士クアラ恐るべし……。

 けれどクアラはそこで満足するようなタイプではなかった。成果を手に満足気な笑みを浮かべながらも、さらなる利益を諦めてなどいない。


「僕に向いている興味をこのまま育てていきたいから、しばらく姉さんは鍛錬場とか社交界に出かけないでね? あ、もちろんキャサリンとしてアイゼン様に会うのはいいけど!」


 最後に鍛錬場に行ったのはアイゼン様に声をかけられた時なので、結構間が空いてしまっている。

 剣術大会の開催が近いので、本当はなるべく足を運んだほうがいいのだろう。だが今の状態で行けば確実に令息達に捕まって鍛錬どころではなくなる。


 一昨日、我が家に来たライドは学園でその話ばかり聞かれるらしい。

 知らないで通しているとはいえ、毎日同じことの繰り返しだとぼやいていた。それに今なら間に合うと対決を挑まれて、負けでもしたらアイゼン様に顔向けが出来ない。


 共同鍛錬場への出入りは義務ではなく、顔見せみたいなもので行かなくともペナルティを課せられることはない。


「わかった。それにしてもクアラってなんだかんだアイゼン様のこと結構気に入ってるよね」

「女心を全く理解していないとはいえ、僕が知る中で一番姉さんを見ているのはアイゼン様だから。姉さんも気に入ってるみたいだし、応援しているって感じかな〜。でももっと良い人が出てきたら切り替えるよ」


 そうは言いつつも、さまざまな男性からアプローチを受けてきたクアラの目はシビアである。そんなクアラが私の相手候補としてだろうと何だろうと認めるなんて滅多にないことだ。


 断っても断っても数を増していく一方の申し出に嫌気がさしているだけかもしれないが。


 それでもあの日以降、アイゼン様はいかに女心を理解していないかとぼやくことはあっても、顔を歪めることも、お屋敷に乗り込もうとすることもない。


「まぁまだ二回あっただけだし、私もよく分かってないけど……。そういえば明後日父さんと魔物狩りにいく約束してるんだけどそれは行っても大丈夫?」

「それは大丈夫。却下したら父さん悲しむだろうし」


 父さんがアイゼン様との交流を喜んでいることも、クアラの態度が軟化した理由の一つなのだろう。


 アイゼン様のお屋敷にお邪魔した日、夕食の席で父さんに魔物狩りに連れて行って欲しいとねだったのだ。私が魔物狩りに興味を示したことに父さんはとても喜び、理由を聞いてきた。


 そこでアイゼン様の話を出すと、目を輝かせたーーと。


 友人としての交流と勘違いしていそうな気もするが、今のところ父さんはアイゼン様にかなりの好印象を持っている。


 母さんは魔物や剣術に興味はないものの、浮いた噂のない超優良物件が私に興味を示していることに浮き足立っている。


 兄さんだけはよく分からない。

 ただ最近やたらと体術の訓練を付けてくれる。身近なものを使った戦い方や剣を鞘に入れた状態で相手をノックアウトさせる方法などもセットで教えてくれるのだが、何か意味があるのだろうか。




「うーん……」

 はじめての魔物討伐は順調に見えたのだが、魔石を回収する父さんは先程からずっとウンウンと唸っている。


「父さん、何かダメなところがあったら言ってください」

「ああ、いやクアラが悪いわけではない。むしろ俺が想定していたよりも良い動きをするから、今から場所を移ろうかと悩んでいる」

「そうなんですか?」


 今回の狩場に選ばれた場所は、騎士団に討伐依頼が出されていた場所である。

 なんでも騎士団の共有スペースには業務内の仕事とは別に、緊急性は高くない依頼が貼られたボードがあるらしい。達成報告をしてから担当職員が確認し、報酬が渡される仕組みとなっているようだ。


 金額としては低いが、魔石やアイテムは総取り出来るそう。欲しいアイテムがあったり、子どもに対魔物戦闘を積ませたい時なんかに重宝されるらしく、消化率はなかなかなのだそうだ。


 その中で父さんが持ってきてくれたのは、ロックウルフの群れの討伐依頼。

 報告にあった通り、30体ほどのロックウルフが洞窟の前を陣取っていた。


 ロックウルフは群れでの戦闘を行うことから、基本的に複数人で挑む魔物らしい。

 攻撃系の魔法を使うことはないが、ただでさえ岩のように固い身体を強化する魔法を使うため、甘くみると厄介だとのことだった。


「初めは俺が補助として付くつもりだったんだが、問題なく殲滅できただろう」

「数は多いですが、統率の要を重点的に叩けばあとは崩れていきますから」


 弱点を見極めてそこを突くという戦い方の私とは相性が良かったのだ。魔法を打ち込まれることがないと分かっているから躊躇なく飛び込めたし。


「それが難しいんだが、センスがいいんだろうな〜。もっと早く連れてきてやれば良かった」

「また連れてきてください!」

「また来よう。今度はあの子と三人で」


 父さんが毛皮を剥ぎ取る姿を見ながら、私も小さな個体の皮を剥がしてみる。

 こちらは戦闘のように上手くはいかないけれど、父さんは初めてにしては上手いものだと褒めてくれた。

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