25.のんびりと、とはいかない

 結局次の狩場に移動はせず、このまま屋敷に戻ることになった。

 途中で魔物の素材を買い取ってくれる店に寄り、毛皮は全て売ってお金にしてきた。


 直近で毛皮を使ったアイテムを作る予定もないので、売ってしまおうということになったのだ。


 売ったお金で魔石を磨くためのクリームと布を買った。そして別の店で魔石を飾っておくための小さな棚を注文した。


 毛皮を売っただけでは少し足りなかったが、今回出る報酬から出してくれることになった。

 また棚の不足分を差し引いた金額分、私にくれるとも約束してくれた。


「でも父さんの分は」

「俺は馬車を出しただけだから、気にせず使いなさい」

「ありがとうございます!」


 朝は刺繍をして、夕方は鍛錬に励む。夕食後は入浴を済ませて、とここまでは今まで通り。


 けれど寝るまでの時間で魔石を磨くようになった。

 家庭教師から出された宿題もあるので、毎日とまではいかないが、時間がある日は必ず魔石に手が伸びる。


 地属性の魔石は黄色と茶が混ざったような不思議な色だ。

 全てロックウルフの魔石だが色が全然違う。


 高品質の魔石のように透明感がある訳ではなく、色の混ざり具合が一つ一つで異なるのだ。


 入念に磨けば磨くほど色の違いが良く見える。


「他の属性の石も欲しいな」

「僕、水の魔石が欲しい。透明度高いのじゃなくて、こういう色が混ざった感じのやつ」

「スライムとかいいんじゃない?」

「あ~いいね~」


 宝石やアクセサリーには興味がなかったが、魔石集めにはハマりそうだ。

 クアラも磨かれた魔石を気に入ったようで、夜にこうして私の部屋に来ることが増えた。


 魔石を眺めながらココアを飲み、ゆったりとした時間を過ごす。

 その日の出来事や明日の刺繍について話すこともあるが、会話が全くない日もある。


 小さな音だけが響く空間も私達双子の間では苦ではないのだ。

 クアラは眠くなったら「おやすみ」とだけ告げてカップを持って自室に帰るので、私もおやすみと返す。


 今日は話したい気分らしく、私のベッドに寝転びながらだらだらと会話を繰り返す。



「父さんいつ連れてってくれるかな~」

「長期休暇って言ってたからまだ先じゃない?」

「もう少ししたら騎士団も大会準備で忙しくなるからな~。僕も自分の分、早く欲しい。そういえばハンカチのお礼以降、アイゼン様から連絡全くないけど、やっぱり忙しいのかな?」

「一番上の役職で王族の血筋だからいろいろお仕事あるんじゃない?」

「手紙でも書いてみなよ」

「手紙か~。魔物討伐に行ったとか書けないし、書くようなことがないんだよね」

「クアラが行ったことにして、そこから話を広げればいいよ。この前、鍛錬姿を見たならお城での鍛錬姿も見たいとかそんなことでいいんだって」


 アイゼン様の鍛錬か……。

 正直、目の前に相手がいる時の動きも見ておきたい。


 だが、第一部隊の鍛錬場といえば未婚のご令嬢の狩り場である。

 共同鍛錬場に行くまでにすれ違うことがあるが、彼女達は皆、異様なまでの圧を纏っている。夜会に出席する時よりも気合いが入っているのではなかろうか。


「ご令嬢達が怖いからあそこにはあんまり行きたくない」

「別に鍛錬場じゃなくてもいいけど。でもあそこが一番約束を取り付けやすいと思うよ」

「う~ん……」

「まぁ無理することないけど、とりあえず手紙だけ書いてみなよ」


 ほら、と便せんとペンを差し出され、急遽魔石磨きから手紙の作成に移る。


 今回はすぐ近くでクアラが見ていてくれるので、さらさらと書き進められた。

 手紙の半分以上が魔物討伐と魔石磨きの話だが、相手がアイゼン様ということですんなりとクアラの許可がもらえた。


 そしてさっさと使用人に渡しにいってしまった。

 さすがに今日はもう遅いので、届けるのは明日になるが、それまでに私の気が変わらないように取り上げておこうということらしい。


 信頼されていないのは悲しいが、ここまで一通も手紙を出してこなかった私に問題があるのだろう。




 その三日後、アイゼン様からのお返事が届いた。


「これは……」

「最終日のbox席なんてよく取れたね……。いいな~」


 手紙には再来週末に行われる劇を一緒に見に行かないかと書かれていた。

 クアラ曰く、今一番人気のある恋愛劇で、一般席すら即完売した超がつくほどレアなチケットらしい。



 ただ、私は全く興味がない。

 さすがに寝ることはないが、終わった後に感想を求められると非常に困りそうだ。


 チケットが取れなかったクアラには喉から手が出るほど欲しい代物のようで、いいな~いいな~と先ほどから隣でゆらゆらと揺れている。


「クアラ、行く?」

「行きたいけど、姉さんのために取ってくれたんだから、姉さんが行くべきだよ」

「でも私、観劇って興味ないし。折角入手困難なチケットを用意してくれたのに隣でつまらなさそうにしてたら失礼でしょ」

「代わりの人行かせる方が失礼だから。とりあえずこの劇だけでも興味持って。原作貸すから」


 アイゼン様も恋愛劇に興味があるようには見えない。

 多分、彼なりにご令嬢が喜びそうなものを選んでくれたのだろう。


 アクセサリーも魔石も断っているから、ならば時間を共有出来るものを、と。


 だがどうせ共有するなら二人で楽しめる方がいいと思ってしまうのは私だけなのだろうか。


「原作があるの?」

「うん。ベースとなってるのは建国物語だから」

「え、ドラ剣!?」

「いや、それとは違う方」

「なんだ……」

「いくつかある中でもドラゴンの出てくる話はあんまり人気ない上に、難易度が高いらしいから。最後の講演は十年以上前らしいし、僕も見たことない」

「格好いいのに……」

「持ってくるからちょっと待っててね」


 戻ってきたクアラに本を貸してもらう。

 劇の日までに少しずつ読み進めていこうと呑気に考えていたのだが、私が恋愛劇を見に行くと知った母さんは喜々としてコレクションを勧めてきた。


「劇までに造詣を深めておきましょうよ!」


 目の前に詰まれた本の山に目の前がぐらりと揺れた。

 正直、今まで出された課題のどれよりも辛い。だがここぞとばかりに布教してくる母さんに嫌とは言い出せず、涙目になりながらページを捲るのだった。


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