26.いざ劇場へ?

 母さんの恋愛小説講座もといコレクション自慢のおかげで少しは恋愛物語に詳しくなった、はず。


 少なくとも終わった後に感想に悩むということはなくなった。


 今回の劇は王族が関わってくるということで、とりあえず褒めるに限る。

 マイナスの言葉は絶対出さない。最大の難所である恋愛感情はとりあえず周りの空気感を察しつつ、感動したをごり押していくーーと。



「終わった後のイメージトレーニングは完璧」

「……アイゼン様って可哀想になるくらいプレゼントセンスないよね」

「今回は良かったんじゃないの?」

「相手が姉さんじゃなければね。まぁ今回はその場の空気感を掴む練習みたいなものだと割り切ることにするよ。アイゼン様からの贈り物じゃなければ僕がいったのにな~」


 ぼやきながらもしっかりと最終チェックを行ってくれる。

 ちなみに今日の靴はクアラからのプレゼントである。


 魔石から着想を得たらしく、ヒール部分は青と紫のマーブルと少し派手目な仕上がりとなっている。

 その分、アクセサリーはワンポイントのネックレスと非常にシンプルにしたのだという。


 この辺りのバランスはよく分からないけれど、靴はとても気に入っている。


 クアラのチェックも終わり、アイゼン様の迎えが到着する。


 やはりアイゼン様は仕事で忙しかったらしく、連絡出来なかったことを何度も謝ってくれた。


 だがこちらも身内に騎士がいる身である。放置されたなんて思わない。

 むしろ私が魔石を磨いている間、チケットを用意していてくれたのだと気付いて、こちらから動くべきだったかと反省したくらいだ。


 それでも劇場に向かう間の車内は比較的和やかな雰囲気で、彼と話しているうちに少しずつ劇が楽しみになってくるーーと、ここまでは順調だった。



 だがやはり私達に恋愛劇は向かなかったらしい。

 そう思い知らされたのは、取ってもらった席へと向かう時だった。



「アイゼン様、少しお時間よろしいでしょうか」

「君は……」

「メルディ様がお待ちです」

「叔母様が? キャサリン嬢、先に席の方へ」

「いえ、お連れの女性もご一緒にとのことです」



 メルディ様は国王陛下の妹君で、社交界にロマンス小説を流行らせた方でもある。彼女なくしてロマンス小説の発展はなしと言われるほどで、母さんを含め、親世代の女性達の間では崇めるべき存在なのだとか。


 そんな彼女だが、十五年ほど前に西の大陸へと嫁いでいった。


 陸路では最低一ヶ月、航路でも十日はかかるその国は観劇がこの国ほど広まっていないらしい。


 今日は公務に来たついでに劇を見ようと思ったのだろう。

 そこでアイゼン様を見かけて声をかけた、と思ったのだが、そうでもないらしい。アイゼン様は先程からずっと「嫌な予感がする」と顔を歪めている。


 苦手、なのだろうか。

 挨拶だけだと安易に考えていた私だったが、すぐに予想は打ち砕かれることになった。



「単刀直入に言うわ。そのチケット、私に譲りなさい」

「そんなことだと思いましたよ。なぜチケットもないのに劇場に来たのかは知りませんが諦めてください」

「チケット自体はあったのよ」

「ならその席で我慢してください」

「……私が持っていたチケットは昨日のもの。本当は一昨日の晩に到着する予定だったの」



 メルディ様の話によれば、今回のチケットは殿下が用意してくれたものらしい。


 メルディ様は十年近く観劇に行きたい気持ちをグッと我慢して、小説だけでなんとかロマンス成分を摂取していたのだとか。

 一番下の子どもが大きくなるまではと思っていたものの、我慢の限界を迎えそうになった。


 そんな時に観劇のチケットを誕生日プレゼントとして贈られたのだという。


 チケットを手に、実に十年ぶりの観劇を楽しみに故郷に帰ってきた。


 だが自国を出てからトラブル続き。

 出航するはずの船が大型魔物の発生で遅れるわ、ゲートの調査で遠回りさせられるわで、到着したのは今朝。チケットに書かれた日時はとっくにすぎていた。


 改めて席を取ろうにも今日が最終日だった。

 だがこの劇はメルディ様の一番のお気に入り。十年も我慢して、他の劇で妥協することは出来なかったーーと。



 なんというか不憫だ。不憫すぎる。



「だから誰か譲ってくれる人はいないかと劇場で張っていたのよ!」

「諦めてください」

「嫌よ。そもそもあなた、劇なんて眠くなるから嫌いだって言ってたじゃない! 婚約者の前でいい格好したいだけなら譲りなさいよ! 後で私が別のチケット用意してあげる!」


 こちらに寄越しなさいとずずいと手を出すメルディ様からは少し前の母さんと似た圧を感じる。


 彼女のことは話でしか聞いたことがなかったけれど、わずかな間、話を聞いているだけでも本当に劇が好きなのだと伝わってくる。

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