33. 魔の周期

「そういえばあの時のチケット代、返してないな……。今さら金を返すのも迷惑がられるだろうし、他に贈り物でもするか。ご令嬢に喜ばれそうな品で何かいいものはないか?」

「そんな男前なご令嬢の好み、俺に分かるはずないだろ……」

「彼女は男には見えないが」

「顔の問題じゃない」

「まぁ彼女という人物さえ変わらなければ性別なんてどうでもいい」


 惹かれたのは彼女の笑顔と考え方ーー性別が変わったくらいでこの二つが揺らぐとは思えない。


 中央に置かれたポットからお茶を注げば、アッシュは驚いたように瞬きを繰り返す。


「どうかしたか?」

「いや、少し会わないうちにますます惚れたなと思って。これは結婚も近いか?」

「相手の気持ちもあるだろう。それに結婚を申し込むならクアラ殿に一人前の騎士として認めてもらわねばならない」

「そこでバルバトル伯爵の名前が挙がらないところがアイゼンらしいよな」

「もちろん伯爵にも結婚の許しを得なければならないとは思うが、力を示す方が先だろう。だが求婚をする前に片付けておくことがある。……アッシュ、魔物の動きはどうなっている」


 アッシュは主に情報管理を担当している。

 魔物の発生場所や種類・敵の数を調べ、傾向を分析する。


 先日のゲート発生を予測したのは他でもない彼である。自分の頭で整理するよりも、従兄弟に聞いた方が早い。


 俺の質問にアッシュの顔は真剣なものへと変わっていく。


「全体的に活発傾向にある。こちらから騎士団に討伐要請を出しているものの難易度も上がりつつある。ゲートの発生回数も増えている。叔母様が劇に遅れた理由の一つが大型魔物の発生のようだし、海沿いの国はすぐにでも魔の周期に入らざるを得ないだろうな」


 魔の周期とは100~200年に一度、魔物が大量発生する期間のことを指す。


『ドラゴンと剣』の中で起こっていた魔物の発生もおそらく魔の周期によるものだろう。


 前回の魔の周期からはすでに140年が経っており、いつ魔の周期に入ってもおかしくはない。


 先月の遠征はアッシュの助言があったため、すぐに終息させることができた。

 だが本格的に魔の周期に入ってしまえば警戒範囲は国全土に広がり、予測だけではカバーしきれない。全部隊で取り掛かる必要がある。



「我が国はいつ宣言を出すと?」

「叔母上の安全面も考慮して、帰国が確認でき次第、あちらの国と同時に出すことが決まった。来週か再来週あたりには出すと思うが、その前に呼び出しがかかるだろう」

「分かった」


 魔の周期期間中はどの国も防衛の手が薄くなる。

 宣言を出すということは自国の戦力を普段よりも多く対魔物に割くという宣言でもある。


 自国民に注意喚起を出せる一方で、期間中は自ずと戦力が分散することから他国に防衛力の低下を示してしまうことになるのだ。


 そこを狙って攻めてくる国もある。

 過去、この期間中に侵攻された国は数多く存在する。南の大国はこの機会に集中的に攻め込むことで勢力を拡大させてきた。


 大陸でも有数の武力大国と呼ばれるガルドベーラも戦力が分散した状態を攻め込まれれば無傷とはいかないだろう。


 力ごとに対魔物班と防衛班を分けるならばバルバトル伯爵率いる第三部隊は王都防衛に残したい。


 だが彼らの多くは元々第一部隊に所属していただけあって、自他共に認める前線向きが揃っている。


 正直防御力よりも攻撃力に優れている。

 騎士団随一の統率力の高さから大型魔物が発生した場合、最も効率よく討伐を完了するのは彼らだろう。


 ただ統率力が生かされるのは防衛も同じ。

 彼らが残れば防衛力は格段に跳ね上がり、その分、対魔物戦に多くの人員を割くことができる。



 それに王都に残るメンバーは完全なる防衛というわけでもない。

 万が一王都付近にゲートが発生した際には防衛組が討伐を担当することとなる。



 第三部隊を王都付近に派遣し、何かあった時にはすぐ戻れる体制をとるというのも手だが、王都待機よりもワンテンポ以上遅れることになる。


 その場合、指揮を取るのは誰か。

 そう考えた時にパッと浮かぶ名前がない。


 戦闘時のわずかな迷いは命取りになる。

 どうしたものかと頭を悩ませる。


 するとアッシュは「ちょっといいか」と提案を投げてきた。



「週に何日かビルド殿とクアラ殿に応援を頼めないだろうか」

「ビルド殿はともかく、クアラ殿に?」

「アイゼンやビルド殿が認める彼がいれば心強い。それにクアラ殿はほぼ確実に王都を離れることはない。彼の協力が取り付けられれば、第三部隊か第四部隊のどちらかが王都に残らざるを得なくなる。第四部隊は第三部隊に比べて機動力こそ落ちるが、頭が切れる者が多い。第二部隊と併せれば、二つの部隊で防衛が完成できる」

「なるほどな」

「それにクアラ殿に騎士団への興味を持ってもらうキッカケにもなるだろ。騎士団でなくとも俺たちのところに来てくれるといいんだが……」


 クアラ殿は実力があるのはもちろん、様々な世代にファンがいる。

 未だにどうにかして騎士団に入ってもらうことはできないかとの声が団の外からも多く寄せられている。


 騎士団やアッシュの部隊に入ってもらえずとも、応援という形でなら力を貸してもらえるだけで士気が上がることは間違いない。


「明日、朝の会議の議題に挙げよう。アッシュも出席してくれ」

「わかった」


 ビルド殿やクアラ殿の他にも、家を継ぐなどの理由から実力はあるが騎士団に入ることは難しい者に何人か心当たりがある。


 今回の結果次第では新たに臨時部隊所属枠というものを作るのもいいかもしれない。


 そう考えると自然と胸が高鳴った。

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