42.ドーナツの穴ぼこ
馬車に揺られながらクアラになんて言おうかと考える。
今日はクアラが魔物退治の番なので、ほぼ確実に城での騒動を耳にしていることだろう。魔物や不審者の捜索に駆り出されているかもしれない。
アイゼン様のせいではないとはいえ、そもそもクアラは今回私が鍛錬場に行くことに納得してくれていた訳ではない。それでもサンドイッチ作りを手伝ってくれて、渋々ながらも送り出してくれた。
なのに予定よりずっと早く帰宅したともなれば、やっぱり鍛錬場に誘うなんて……とぼやきが溢れ出すに違いない。
クアラもアイゼン様も悪くないが、なんとフォローしたものか。
視線を落とせば、バスケットが目に入る。せめてこれだけでも渡しておかねばなるまい。
「これ、サンドイッチなんですが、よければ帰りにでも食べてください」
「昼食を用意してくれていたのか。ありがたい」
「パンはクアラにも上手く焼けているって褒めてもらえたので、お口に合うといいのですが」
「パンから焼いたのか?」
「? はい」
パンから焼くも何も、そもそもパンがなければサンドイッチは作れない。
以前、クアラが分厚いホットケーキの真ん中あたりを割いて具材を入れたお菓子を作ってくれたが、あれはサンドイッチではない。あくまで別物だ。
バケットでもデニッシュでもロールパンでもいいが、やはりパンに具材が挟まってこそサンドイッチである。
「そうか。キャサリン嬢はすごいな」
アイゼン様は大きく瞬きをしながらバスケットにかかったふきんをめくる。中にあるサンドイッチを眺めながら口元を緩め、美味そうと呟いた。
「私なんてまだまだです。クアラの方がお料理上手なんですよ」
本人曰く、本で読んだ通りに作っているだけらしいが、バルバトル家の料理長も息を呑むほどの実力である。特におかし作りが上手い。
ご令嬢達と話を合わせるためにね、と言ってはいるが、普通のご令嬢はメレンゲの立て方に拘りなんて持っていないと思う。
実際、ライドから得た情報でも、普通のご令嬢が作るのはカップケーキやクッキーくらいなものらしい。
とはいえそれを正直に告げればお菓子を作ってもらえなくなるので、二人揃って口を噤んでいる。
クアラも楽しそうに作っているし、なにより私もライドも美味しいものを食べられれば細かいことなどどうでもいいのだ。
ああ、思い出したら前に作ってくれたドーナツの穴ぼこが食べたくなってきた。
干しぶどうが入っていて、上から粉砂糖がまぶされたまん丸いお菓子である。
出来立てが一番美味しいのだが、アイゼン様にもぜひ食べてほしい。クアラと相談して、今度会うときは持っていくのも良いかもしれない。
帰ったらクアラに作りかた聞かないと。
あれを作る時には歌わなきゃいけないメロディーがあるらしいのでそれも一緒に教えてもらって。
アイゼン様と今後、どう接していくのか決められていない。今日の一件で思うこともある。
けれどあの美味しさをアイゼン様にも分かって欲しい気持ちは紛れもなく本物なのだ。
ガタゴトと揺れる馬車の中でまだ約束もしていない『今度』に思いを馳せる。
バルバトル屋敷に到着し、アイゼン様の手を借りながら馬車から降りる。
「今日はありがとうございました」
お礼を告げれば、いつもなら彼の熱は離れていく。けれど今日は繋がったまま。それどころか添えられただけのそれは力を増していく。
「アイゼン様?」
「クアラ殿に決闘を挑もうと思う。彼に勝てたら、俺と結婚してほしい」
アイゼン様はそう告げると胸元から一通の手紙を取り出した。真っ白で何の飾り気もなければ宛名すら書かれていないそれを私の手に握らせる。
「申し出を受け入れてくれるのならこの手紙をクアラ殿に渡して欲しい。だが嫌だと思ったら、燃やしてくれ。返事がなければスッパリ諦める。だから俺とのことを真剣に考えて欲しい」
どうやらアイゼン様は私の決断を呑気に待ってはくれないらしい。言葉に詰まる私に寂しげな笑みを残し、鍛錬場へと戻っていく。
私は、どうすべきなのだろう。
アイゼン様の馬車が去った後もその場を動くことはできず、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
気づけば、自室の椅子に腰掛けていた。
クアラは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。おそらく彼が私をここまで連れてきてくれたのだろう。
「お帰り、クアラ」
「ああ、やっと気づいた。何があったの? それにずっと手に握っているその手紙はなに?」
「決闘の申し込みだって」
「少し待てば大会があるのに? キャサリンへの結婚申し込みにしたって、今の時期にわざわざそんなもの送ってくるなんてよほどの阿呆でしょ。送り主は?」
「アイゼン様」
「は?」
パチパチと瞬きをするクアラの頭上には大量のはてなマークが見える。状況を説明してあげたいが、私自身も状況を上手く理解できていない。
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