41.真の才能
予定されていた模擬戦は午後に回され、私は昼を跨ぐことなく屋敷に帰されることとなった。
危険が及ぶかもしれないとオブラートに包んではくれたが、このまま残しておけば足手まといになるからだろう。何かあったら責任に問われるのは彼らだ。模擬戦が見たかったなんてワガママを言うわけにはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで鍛錬場を後にしようとした時、城を走らされていた彼らがやってきた。
「キャサリン嬢、あの、俺たちの鍛錬どうでしたか!?」
「どう、とは」
「クアラ殿が今後、騎士団に協力するに値するか視察にいらしたんですよね」
「遠慮はいりません。はっきりと言ってください!」
さぁさぁ! と詰め寄られ、何か勘違いされてるらしいと悟った。それも彼らだけではなく、少し離れた場所で見守っている騎士達も同じらしい。期待の眼差しを感じる。
「そのつもりは全くなく……」
「いいんです、自分達もキャサリン嬢からクアラ殿を奪ってしまっている自覚はありますから」
「クアラ殿の強さは魅力的だが、その力をどう使うかはやっぱり本人が決めるべきだと思うので!」
とはいえ、やっぱりクアラが欲しいと顔に書いてある。私の力を過信しすぎじゃなかろうか。輝く瞳に罪悪感が募っていく。思わず視線を逸らせば、マズイと察したのか後ろにいた騎士達も加勢に入る。
「第一部隊は結婚や妻の妊娠を機に辞める奴も多いのでその辺りは融通が利きますし、数年後でも復帰しやすいのが魅力です! バルバトル男爵の第三部隊は復帰組多いですし」
「お父上や兄上の仕事を手伝うことになっても、第四部隊所属という手があります。あの、クアラ殿に少しでもその気があれば他の部隊も紹介しますので!」
「なんなら今からでも新しい部隊の申請を!」
「ですから私は本当にそんなつもりはなくて」
はっきりと違うと言っているのだが、彼らの勘違いが加速していくばかり。クアラとして対峙した時はここまで圧を感じなかったのだが、抑えていてくれただけなのだろう。
どうすれば諦めてもらえるのかと視線を彷徨わせていると、アイゼン様と目があった。その目は完全に冷え切っている。
「お前たち」
「隊長!」
「これはクアラ殿の決断だ。キャサリン嬢に負担をかけるな」
普段よりも低い声にビクッと肩を震わせたのは私と数人の騎士だけ。比較的年齢が上の騎士達は頬を掻いたり、バツ悪そうに視線を逸らすだけで怯えた様子はない。付き合いの長さもあるのだろう。
それどころか一人は「え、じゃあさ」と切り出した。
「ライド=バルバトルにそれとなく声をかけてもらいたいっていうのもダメか?」
ん? ライド?
他の人も疑問に思ったらしく、首を傾げている。
「なんで、ライド=バルバトルなんだ? いや、そういえば第二部隊の奴も同じようなこと言ってたな」
「クアラ殿の従兄弟ってことでマークしてるけど、大会の結果もそこそこだし、学園の成績も中の上止まりだぞ?」
「それは本気を出していないだけだ。俺はライド=バルバトルは第一部隊か第三部隊に所属できるほどの実力があると睨んでいる」
「俺たちと同等だと!?」
「あいつと戦った奴は大抵『戦いやすかった』っていうんだ。だが詳しく聞いてみると、どうも人によって話す特徴が違う」
確かにおかしな話である。
人には必ず癖がある。同じ師から習ったとしても全く同じ戦い方をすることは難しい。
体格差や武器の種類によっても戦い方や弱点は異なるはずだ。万人が戦いやすい武器や型などあるはずがない。
あるとすれば相手が戦いやすいように戦い方を変えている、とか。
あり得ないと言いたいところだが、よくよく考えてみるとライドの大会の記録はいつも三回戦敗退。この十一年間、一回もその記録が変化したことはない。
冒険者になりたい彼が目立たないようにわざと適当なところで負けているにしても、一回戦や二回戦で強者と当たることもある。ピタリと合わせるのは至難の技だ。
「それは興味あるな」
「言われてみれば、あのクアラ殿とずっと打ち合いしてるんだもんな。弱いはずがない。何か理由があって手を抜いている?」
「意識的だろうと無意識だろうと、相手によって臨機応変に戦い方を変えているのならこれからもっと伸びるぞ」
「伸ばしたい」
「ライド殿の真の才はなんだろうな。今からゾクゾクする」
真の才と聞くと、昔、父に言われた言葉を思い出す。
『才能は実力の一部に備わっているが、真の才能は伸び代を伸ばしきった先にこそある』
だから才能があっても努力を怠ることはするなと。伸ばして伸ばして伸ばしきれ。それが父の教えである。
いつからかパタリと言われなくなったが、剣を習い始めた時は毎日聞かされていたものだ。
ニヤニヤと笑う彼らと同じく、私もライドの本気が見たくなってくる。
「育成に特化していたらビルド殿と取り合いにならないか?」
「ビルド殿の本気が見られるのならそれはそれで楽しそうだ」
「それ以前に実力が見られなければ意味ないからな。なにせあいつ隠すのが上手い。決め手になる情報をくれないからいつものらりくらりとかわされる」
「ライド=バルバトル、いいな……」
「ますますうちに欲しい」
「なんとかして次の大会で尻尾を掴めないものか」
欲しい、いいな、欲しい……と繰り返されるうちにハッと我に返る。
もしここでライドが第一部隊に引き抜かれたら、冒険者になれなくなってしまう。
「あの、ライドはそこまでではないかと……」
一応、声は上げてみるも、ライドを強く推している彼はフルフルと首を振った。
「いや、俺には分かる! 奴は相当な強者だ」
グッと拳を固めた彼に「そうなのですね」と答えることしかできなかった。
「お前んとこの弟、今回出場権あるだろ? 何か実力引き出すこと出来ないか?」
「ブロックが同じならなんとか」
「今回何ブロック制だ?」
「四だな」
「25%か……。もうちょい上げときたいな。誰か協力してくれそうな奴とかいないのか」
「一年早く分かっていればビルド殿の講義にねじ込んだものを!」
「推薦枠っていったって試験がある。そこで手を抜かれたら終わりだろ」
「ビルド殿相手にわざと手を抜くなんてそれこそ相当な実力者だろう」
「それすらもやり得るのがライド=バルバトルだ」
「あーますます気になってきた!」
盛り上がる一方のライド獲得談義に、心の中で精一杯の謝罪をする。
「キャサリン嬢、家まで送る」
「よろしくお願いします」
会話から抜け出した私はアイゼン様の手を取り、今度こそ鍛錬場を後にした。
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