40.鍛錬場には脳筋しかいない

「なんか緊張するな」

「ああ俺なんて手が震えてきた」

「今のタイミングで見学に来たのってアレだよな?」

「絶対そうだって」


 朝一番に迎えに来てくれたアイゼン様の馬車に乗り、第一部隊の鍛錬場へとやってきた。

 普段は一般公開されご令嬢達が溢れているが、今は一般の立ち入りは断っているようだ。騎士以外にいるのは私だけだ。


 アイゼン様が私が今日一日見学する旨を伝えた際、彼らは皆一様に目を丸くして驚いた。

 意見を述べる間もなく、訓練に入った彼らだが、こうして私の方をチラチラと見ながらも小声でヒソヒソと話している。


 いくらアイゼン様が許可したとはいえ、この時期に来るのはマズかっただろうか。


 クアラと一緒に用意したサンドイッチの入ったバスケットと、使用人に持たせてもらった水筒を膝に乗せたまま肩を落とす。



「おい、キャサリン嬢、なんか落ち込んでるぞ」

「俺たちのレベルじゃまだまだってことなのか!?」

「いや、まだ俺達は本領を発揮していない。つまり何かしら致命的にマズイ鍛錬を行なっているのかもしれん!」

「負荷が足りないとか」


 今度はオロオロと戸惑い始めた。

 会話の内容が少しおかしい気もするが、それより気になるのは彼らの背後に立つアイゼン様の姿である。剣を片手に目元をヒクつかせている。


「お前たち、よそ見しながらなんて随分と余裕だな」

「ひぃっ」

「た、隊長……」

「そんなに負荷が欲しいなら特別トレーニングを組んでやろう。まずは王都5周ダッシュ」

「ええっ!?」

「最近、魔物の目撃も増えているからな。遭遇したらそのまま倒してこい。いい鍛錬になるぞ」

「ひっ」

「一刻後に模擬戦を行うからその前に帰ってこい。遅くなれば休む時間がなくなるぞ」

「はっ、はい〜」


 一刻で王都5周って無茶があるんじゃ…….。

 しかもアイゼン様の言う通り、最近魔物が増えている。いくら第三部隊が見回っているとはいえ、魔物と遭遇すればその分時間がかかる。


 災難だな〜と背中を見守っていると、仲間内ではタイム予想を始めた。こういった賭けはしょっちゅうあるのか、素早くレートが決まっていく。

 その姿にアイゼン様はため息を溢してから、こちらに向かってやってくる。


「キャサリン嬢、不快な思いをさせてしまってすまない」

「いえ、お邪魔させて頂いている身ですから。お気になさらず」

「普段何十もの目がある場所で鍛錬してるんだ。人がいる環境には慣れているはずなんだが、遠征が長いせいで気が緩んでいるんだろう。叩き直しておく」


 アイゼン様がそう宣言すると、騎士達が横一列に並んだ。指示を待つ彼らの背筋はピンと伸びており、顔つきは真剣そのもの。ついさっきまで賭けをしていたとは思えない。


 この切り替えの早さこそ、彼らが第一部隊に選ばれた理由の一つなのだろう。

 やはり一流の騎士は鍛錬から違う。短時間で次々と切り替わっていく鍛錬を見ながら、あれは自分の鍛錬に組み込めそうだとか、逆にこの組み合わせならこっちを強化したほうがいいのでは? なんてことを考える。


 自分の鍛錬メニューにパチパチとパーツをはめ込みながらも、彼らの動きを追っていくのも忘れない。


 あの人はステップの動きが特徴的だけど全く無駄がない。


 あの人は腹のあたりの防御が弱いから低身長の相手だと苦戦しそう。


 あの人は右に打ち込むとき少しワキの締まりが甘くなる。


 あの人は今、首のあたりに打ち込まれたら倒れるだろう。


 あの人は足が、あの人は、あの人は、あの人は……。


 特徴を見つけるごとに楽しさが増していく。


 ああ、やっぱり来てよかった。

 頬が緩みそうになるのを我慢しながら、彼らと戦うイメージをする。

 すると空気は一気に張り詰め、騎士達は一斉にあたりを見回し始めた。そしてこちらに向かって全速力で向かってくる。


「なにかいるぞ! 警戒しろ」

「殺気が……」

「どこからだ?」


 殺気なんて感じない。

 だが私の元に来てくれた彼らの目は本気だ。


「キャサリン嬢、ご無事ですか?」

「え、ええ」

「キャサリン嬢、問題ありません!」


 魔物討伐で敵意には敏感になったと思っていたが、私もまだまだだったらしい。警戒する彼らに囲まれながら、自分の無力さを噛みしめる。


 戦う力がないわけじゃない。

 だが今日は剣は屋敷に置いてきてしまっている。ドレスを着てアイゼン様の隣に立つということはそういうことだ。何かあっても守られるだけで役に立つことが出来ない。

 唇を噛み締めれば護衛に残ってくれた騎士達は「何があっても我々が守りますので!」と広い胸をドンと叩いた。


 その後、王都を走らされていた彼らや待機組の騎士達も合流し、鍛錬場及び城付近に魔物や不審者がいないか確認にあたった。



 だが結局、魔物も不審者も見つからず、殺気の正体を突き止めることはできなかった。騎士達は拳を固めながら「あれは確かに強者の気だった」「戦いたかった……」「自分の瞬発力のなさが憎い!」と口々に漏らす。


 そこで怪しい相手を逃したことへの後悔が一つも上がらないのはさすが第一部隊。脳筋の中の脳筋である。

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