39.記憶の整理整頓?

「あいつらは僕の中のドラゴンに反応しているんだ。兄さん一人だけなら逃げられる」

「たった一人の家族を捨てて逃げられるわけないだろ!」

「でもこのままいたってもう助からない……」

「なら一体でも多く狩ればいい。俺たちは魔物討伐得意だろ」

「兄さん……」


 これは、夢?

 真っ暗闇の中で小さな光が目の前をチラチラと動く。舞台で観た魔物の目によく似ている。動くそれはしばらくすると床に落ちていく。


 倒されたのだろうか?

 暗くて何も見えないのに、なぜか胸がギュッと締め付けられるように痛い。


 キンッと金属が弾かれるような音も。

 肌を引き裂くような掠れた音も。

 一つ一つは小さいのに、耳の中で何重にも響いているようだ。


 一体でも多く切れ。

 目の前の奴らを逃がすな。

 兄さんと呼ばれた男の声が頭の中で繰り返される。耳を塞いでしまいたいのに、そんな暇はないと自分で自分を否定する。


 だからといって共に戦うことは出来やしない。

 私と彼らの間には見えない壁があるようで、光が一定以上近くに寄ってくることもない。


「兄さん!」

 弟の悲痛な声が聞こえてるのに、助けたいのに、なにも出来ない。


 ああ、なんて自分は無力なのだろう。

 つうっと頬に涙が伝った。



「姉さん! 姉さん起きてってば」

「クア、ラ?」

 ユサユサと大きく揺られて目を覚ます。生まれてからずっと一緒に育ってきているはずなのに、なぜかクアラの声が一瞬、夢の中の彼の声に聞こえてしまった。


「うなされてたよ。大丈夫?」

「大丈、夫……」

 うん、もう大丈夫。

 ちゃんとクアラの声だ。


「嫌な夢でもみたの?」

「暗闇の中で声が聞こえて、近くに困っている人がいるってわかるのに壁に阻まれて助けられなかったの。ううん、壁がなくても私が役に立てていたかどうかわからない。見えないところで闇雲に剣を振っても意味ないもん」

「姉さんは無力なんかじゃないよ」

「でも夜目が利けば、目の前の壁だって破壊してあの兄弟を助けられたかもしれない」

「近くにいたのは兄弟だったの?」

「うん、多分。片方の男の人はもう一人を兄さんって呼んでいたし、相手もたった一人の家族だっていってたから。弟と思われる方は中にドラゴンがいて、魔物がそれに反応してやってきているみたいだった」

「え」

「ドラゴンが中にってドラ剣のガルドみたいだよね。だから余計に二人で守りあっているみたいで、助けなきゃって思ったの」


 違う。ドラ剣の二人みたいだからじゃない。本能が助けろと、剣を振えと叫んでいた。

 使命感にも似た感情と、自分の無力さに押しつぶされて死んでしまいそうだった。


 今もまだ身体に血が通っている感覚を取り戻せていない。布団に入っているのに、寒い。心配かけまいと必死で作った笑みはきっと真っ白なのだろう。

 クアラの眉間にはギュッとシワが集まっている。それから困ったように視線を彷徨わせ、私の手を包んだ。


「……そっか。姉さんはすごいね」

「すごくなんかないよ」

「すごいよ。だって暗闇の中でも戦おうとしたんだから」

「でも戦えなかった」

「見えない敵を倒そうなんて半端な覚悟じゃできないよ。自分が怪我をするかもしれない。ましてや相手は顔すら見えない兄弟だ。相手がこちらに気づいていないなら見捨てたって誰も咎めやしないさ」

「でも私は気づいてる。気づいたのなら、助けるための力があるなら助けなきゃ」


 そう、助けなきゃいけなかった。

 目が覚めた後では彼らがどうなったのか分かりはしない。もしかしたら応援が来て助かったかもしれない。だが同時に助からなかった可能性も消えはしないのだ。しばらく背中にペッタリと後悔は張り付いたままなのだろう。


 ああ、なんてことをしてしまったのか。

 助けなきゃいけなかったのに……。


「なら今度助けてあげればいい」

「今度?」

「だってそれは夢だもの。きっと姉さんのもっともっと強くなりたいっていう強い願いが見せた見えない敵。見えないなら見えるようにすれば良い。現実なら誰かがすぐにライトを用意してくれる。だって姉さんは一人じゃないんだもの」

「……そっか。一人で戦おうとする必要はないのか」

「そうそう。発煙筒を使えば応援だって呼べる」

「それもそうだね」


 そうだ、これは夢だ。

 妙に感情を揺さぶるものだったが、本当にあるかはわかりはしない。

 冷静に考えればドラゴンを人の中に入れるなんて話聞いたことないし。剣舞の練習を続けるうちにそれっぽい話を頭で作り出してしまったのかもしれない。


 夢は思考の整理整頓だって誰かが言ってた気がする。本で読んだんだっけ?

 どちらにせよこれもきっと私が生み出した何かだったのだろう。なら捕らわれるよりも次に進むための踏み台にした方が効率的だ。


 例えば夜目を鍛えるとか!

 鍛錬に続く鍛錬で心身ともに鍛え抜くとか!


「そう、なにも怖くないよ」

「ところでクアラはなんで私がうなされてるって分かったの?」


 寝坊でもしてたのかな?

 はて? と首を捻れば、クアラはハッとした表情で一枚の手紙を取り出した。


「そうだった! 朝一番にアイゼン様から手紙が届いたんだよ!」

「アイゼン様から?」

「帰ってきたら会いたいって言われてたんでしょう? デートのお誘いなら早く返信しなきゃ!」


 早く早くと急かされて封を開く。

 明確な日数は伝えられないが、一週間とせずに発ってしまうようだ。勝手ではあるが、会えないかとの誘いだった。


 ーーと、ここまではクアラの表情も明るかった。だがその次の文から一気に顔色が暗くなる。


「なんで、よりによって鍛錬場……」

 彼が会いたいと指定した場所は第一部隊の鍛錬場だった。初めて屋敷に招いた時に興味を持っていたことを覚えてくれたようだ。


「忙しいのは分かるけどさ、鍛錬場はさすがにないでしょ……」

「私は嬉しいよ? だって第一部隊といえば最前線で戦っている人たちだもの! 鍛錬中の姿も見られるかもしれないし!」

「姉さん、目的が変わってるよ……」


 あんな夢を見た後にこの誘い。

 もっと強くあれとの神からの啓示かもしれない。


 人の動きを見て自分の癖が治ることもある。

 最近は共同鍛錬場にも顔を出せていないし、おのずとキャサリン目当ての男性陣との戦闘もなくなっている。いい機会だと心が躍る。


「早くお返事書かなきゃね〜」

 上機嫌でペンとレターセットを手に取る私に、クアラは頬を膨らませながら呟いた。


「……アイゼン様はデートスポットのチョイス間違ったことを後悔すればいいと思う」

「そんなこと言ってないで手紙書くの手伝って」


 寝間着のまま椅子に腰掛け、指示を仰ぐ。ペンを持ってからもぶつくさと文句を言っていたクアラだったが、手伝ってくれるらしい。クアラのお陰ですぐに出来た手紙を使用人に託し、朝食をとる。


 やはり私は盛大な寝坊をしていたと気づいたのは、ご飯を食べ終わった後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る