18.第一部隊の帰還

「姉さん、第一部隊が帰ってきたって!」

「わっ、びっくりした」

「アイゼン様が帰ってきたんだよ! 姉さん、嬉しくないの?」

「うん、嬉しい。嬉しいけど、ちょっと待って。落ち着くから」


 帰ってきたクアラは私の部屋のドアを開けてすぐ、お茶会で得たビッグニュースを話してくれる。早く私に伝えようとしてくれたその優しさは素直に嬉しい。ただ廊下でダダダと走る音が聞こえたと思えば、ドアを蹴破る勢いで開けられるととても心臓に悪い。


 上機嫌の兄さんが大量のお酒を飲むと似たようなことをするが、兄さんの場合は何かしら声を発しているので心の準備というものが出来る。だが今回は違う。胸に手を当てるとバクバクと動いているのが分かるくらい。まだまだ驚きが身体から抜けそうもない。


 最近、というかアイゼン様との一件があってからというもの、クアラのテンションが妙に高い。このテンションが継続できるほど健康になったのかとクアラの成長を実感していると、徐々に落ち着いていく。


「よしっ、で、なんだっけ? アイゼン様が帰ってきたの?」

「そうそう! 帰りに第一部隊の人達が馬に乗って城に入っていくところを見たから間違いないよ!」

「よく馬車から見ただけで分かったね」

「前に言い寄ってきた人の中に姉さんの旦那さん候補として目を付けていた人がいて、その人が第一部隊の所属だったんだ。真面目な人だけど派手な髪色だから遠目から見てもすぐ気付いたよ~」

「そんなことしてたの……。それにしても今回は随分遅かったね」


 クアラのキャサリンに言い寄ってきた人に目をつけたところで、その人が好意を持っているのはあくまでクアラ相手である。私の旦那さん候補として覚えておくだけ無駄な気もするが、理由はどうあれ、クアラに覚えてもらえてると知れば本人は喜びそうなので口を噤んでおく。


 それよりも気になるのは第一部隊の遠征期間である。兄さんの部隊が遠征から帰ってきたこともあり、早く戻ってくると思われたがむしろその逆。1ヶ月以上も戻ってくることはなかった。お陰で毎日クアラの講習会に参加し、腕を磨き続ける日々が続いた。


「あんまり帰ってこないから、すっかり姉さんの刺繍の腕も上達しちゃって。嬉しいやら、いつまで待たせるんだと怒りたいやら」

「仕事なんだから仕方ないよ。まぁでもさすがにセーター編み終わるまで帰ってこないとは思わなかったけど」

 プンプンと怒るクアラだが、こればかりはアイゼン様は何も悪くない。仕事だから仕方ない。それにクアラの場合、嬉しさの方が優っていることもよく知っている。そろそろハンカチやテーブルクロスだけではなく、もう少し違うものに刺繍をしてみようかなんて話も出ていたほどだ。


 ……その話が持ち上がった時、父と兄が揃って自分のネクタイを数本練習台として差し出してきたので流れてしまったが。父も兄も平然と練習用のネクタイを締めて城に行く未来しか見えなかったのだ。


 だから代わりにセーターを編むことにした。

 さすがにセーターは外には着ていかないだろうと考えてのことだった。兄はともかく、父は着る機会があるかは定かではないが、本人の希望もあり、先週からクアラと分担で数着編んで、昨晩編み終わったところだ。


「え、もう!? 姉さん、編み物は凄い早いね」

「難しい柄とかは出来ないけど、兄さんのも父さんのもシンプルで基本動作覚えればそれの繰り返しでいいから」


 クアラは動物の柄を入れたり、編み方を変えたりしているらしいが、私にはまだそんな技術はない。基本に忠実かつ超シンプルな編み方で編んでいる。

 さすがに単色は味気ないということで裾や手元にラインを入れることにした。ひたすら編んで、色を変えては編み、また変えて編むの繰り返し。基本的に編み数を間違えないように気をつければいいので慣れればサクサクと進む。


 単調作業は得意なのだ。

 ちなみに以前贈り物として却下された雑巾縫いなんかも得意である。


 紙袋を漁り、これが兄さんのでこっちが父さんのと続けて広げてみせる。するとドアからひょっこりと兄さんが顔を出した。


「おっ、もう出来たのか」

「兄さん! おかえりなさい」

「第一部隊が帰ってきたぞ!」

「そうらしいね。さっきクアラから聞いた」

「なんだ、驚かせようと急いで帰ってきたのに……」

 残念、と肩を落とす兄さんだが、口元は笑っている。どうやら兄さんが持ち帰ってきたのは第一部隊の帰還だけというわけではなさそうだ。


「でも遅くなった理由までは知らないんじゃないか?」

「何かあったの?」

「どうやら遠征先付近の洞窟にゲートが発生したらしい。遠征するって聞いた時もなんでこのタイミングで? と思ったけど、なんか報告が寄せられてたのかね」


 ゲートとは魔物を発生させる穴のようなものだ。

 魔物自体は大陸中にいるが、大抵住む場所が決まっているし、余程のことがない限り移動してくることはない。人はその場所を避けて住居を構えたり、定期的に冒険者に依頼を出して駆除してもらうなど何かしらの対策を取って暮らしている。だがゲートが開けば、そこにいないはずの魔物がその穴を通って来てしまうのだ。


 ゲートの原理は未だ解明されておらず、いつ・どこに開くかは謎である。

 ただ魔物達は何か感じることが出来るのか、ゲートが発生する少し前にはあたりに異常な数の魔物が近づくようになったり、反対に一気に数を減らすことがある。


 おそらく今回も何かしらの兆候があったのだろう。


「まぁ即対応出来たおかげで大規模だったのに被害がほとんど出なかったようだ。さすがは精鋭ぞろいの第一部隊、仕事が早くて確実だな」

「大規模ってどのくらいだったの?」

「高品質魔石がゴロゴロ取れるくらい。大半は国庫行きらしいけど、それでも騎士達もいくらかもらえるっていうんで、盛り上がってた」

 馬車で換算するとこのくらいと兄さんが立てた指の数に私もクアラも目を丸くした。高品質魔石だけで四台分もあるなんて、一体何体の魔物を相手にしたのだろうか。


 やる気のない兄さんはあまり遠征中の出来事を語ってくれないし、父さんは完全に戦闘を楽しんでいるタイプなので心配をしたことがない。


 だがアイゼン様はどうだろうか。

 自分が誘われていた騎士団という場所は、最前線に立つ集団なのだと改めて実感する。


 部屋でチクチクと刺繍をしながら早く帰ってきてくれないかな? とばかり考えていた自分が恥ずかしい。手元に視線を落とせば、兄さんはカラカラと笑いながら「アイゼン様なら無傷どころか、その足で執務室に篭り始めたそうだ」と教えてくれた。


 今回のところはどうやら心配いらなかったようで、何よりである。

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