17.弱い男なんて御免だ
「クアラがそう思う根拠は?」
「大量の毛糸と刺繍糸! 頼んだのとは別にいっぱいあって何から作ろうか迷っちゃう」
ああ、そういえば兄さんや父さんも機嫌がいいといろいろ買ってきてくれる。隠し事がバレるにはこの物量は十分だったらしい。
クアラは頬を緩ませて、この刺繍にもワンポイント追加しようかな~とたいそうご機嫌である。毛糸と刺繍糸が嬉しいのか、はたまた姉の変化が嬉しいのか。今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
「刺繍糸は私の練習用もそろそろなくなりそうだったから早めに買っておこうかなって思っただけ」
「うん、明日からいっぱい練習しようね。でもそうだな、姉さんがアイゼン様に会うなら僕も本腰入れて鍛錬しないとな~」
どうやらクアラの中では私がアイゼン様に会うことは確定したようだ。
「今度の大会なら私が出るから大丈夫だよ」
「ううん、対アイゼン様用に」
「え?」
「関係がどうなるかはさておき、万が一結婚を申し込んでくることがあったら、今度は僕が見極める番でしょ? 弱い男なんかに姉さんを預けられるはずないもん。頑張らないと」
「クアラ……」
「一回くらい膝つかせときたいよね!」
「喜んでいるのか怒っているのか分からないんだけど」
満面の笑みで「あの赤マントがボロボロになるまで追い詰めてみせるから任せてよ!」と語るクアラに背筋がゾッとした。間違いない、これは強者のプレッシャーだ。
「クアラ、もしかしてとうに私を越えて……」
「いやだなぁ僕が姉さんより強いはずないじゃないか~。だからもっと頑張らないと」
笑って誤魔化すクアラが戦っている姿を、思えば私は一度も目にしたことがない。兄さんやライド、父さんから話を聞くだけ。
そこそこ強いとの話だったが、そこそこ止まりの相手がこんな圧を出せるとは思えない。
おそらく兄さんやライドと同じ、実力はあるが面倒くさいから見せないタイプ。一番厄介で、胸が踊る。
天空城の姫と呼ばれるクアラがドレスの中に隠していた剣を抜いた時、彼はガーディアンに代わり、今度は私が姫になる番なのかもしれない。
私、一生結婚出来ないかもな~。
嬉しいような悲しいような……。
でも私だって弱い男と共に一生を歩むなんて御免だ。
例えこの思いが愛だの恋だのと呼ばれる感情であっても、この考えだけは譲るつもりはない。
クアラは宣言通り、翌日から剣の鍛錬に励むようになった。
「父さん、今日も早く帰ってきてね!」
「もちろんだ! 週末にはデザイナーを呼んで新しい服も頼んでやるからな~」
「可愛いのね!」
「ああ、クアラに似合うのを作ってもらおうな」
今まで義務程度にしか鍛錬をこなしてこなかったクアラが手合わせしようと言い出したことにより、父さんは今まで以上にクアラを溺愛するようになった。5割増しででっろでろのあっまあまである。
幼少期から身体が弱いから仕方ない、と繰り返して自制をしていた父さんだが、やはり嬉しいのだろう。朝もいつもより早く鍛錬を切り上げて、クアラの剣をせっせと磨いていた。そして上機嫌で馬に跨がって城に向かっていく。
ちなみに母さんの提案で、私の分はクアラと似たデザインで頼んでくれることになった。
念願の双子コーデ! と目を輝かせて使用人と何か相談していたので、鍛錬服だけではなく外行きの服も揃えようと考えているのかもしれない。
そうでなくとも母さんは最近、私がキャサリンとして夜会デビューする時のためのドレスを考えているようだから。母さんも母さんでずっと私にドレスを着せたかったのかもしれない。
……まぁ母さんの場合は、好みも話も合うクアラと今までも好きなようにドレスを頼んでいたのでそこまで欲を溜め込んではいなかったと思うが。
「さて、今日は何を刺そうか」
父さんを見送ると、クアラはくるりと身体を反転させて私と向き合う。
父さんの後ろ姿が見えなくなってから、その日刺すモチーフについて話し合うのはもう日課となりつつある。
「また花?」
「う~ん、それでもいいけど、今回は葉とか繰り返しになりそうなものがいいかな」
「なら、庭に生えていた葉っぱは?」
「アイビーのこと? 何色か使うから少し難しいかもだけど、生命力の強い植物だし、姉さんらしくていいね。それにしよう」
クアラによる刺繍講座はこの二週間ほどほぼ毎日開催されている。
出来栄えの方はイマイチで、一昨日やっと遠征から帰ってきた兄さんにも「人には得手不得手があるからな……」と遠回しに下手だと言われてしまった。
その直後、兄さんはクアラからギロリと睨まれてそそくさと退散してしまったが、私だって下手なのは自覚している。
それでもクアラがなかなか解放してくれないのだ。
腹を括って、とりあえず会うだけ会ってみよう! と決めて手紙を出した直後に、アイゼン様の遠征が決まるなんて思ってもいなかった。
アイゼン様率いる第一部隊は常に腕を磨くために年に何度も遠征を行っているが、短期間で複数の部隊が遠征することは滅多にない。
すると、どうせしばらく帰ってこないなら今度会う時に手土産でも用意しよう! とクアラには熱が入ってしまったという訳だ。
クアラがつきっきりで教えてくれるおかげで少しは上達したが、まだまだ人に渡せるレベルには到達しない。それでも後二週間ほどでなんとか渡せるレベルまで引き上げるから! とクアラは毎日刺すデザインを変えてはいろいろと可能性を模索してくれている。
正直、私は手作りなら刺繍よりもクッキーやパウンドケーキあたりでいいんじゃないかと思っている。だがそれを一度口に出したら「こういうのは形に残るものがいいの! 初めが肝心なんだから!」と長々と力説されてしまったので、それ以降はクアラに従って真面目にチクチクと刺している。
早く帰ってきてくれないかなと思うのは、アイゼン様が恋しいからか、クアラの熱指導から一日も早く解放されたいからか分からなくなってきた。
日が経つにつれて冷静になる頭でも、アイゼン様の男らしいゴツゴツとした手と真っ直ぐとした瞳がはっきりと思い出せるのは、恋なのか。
私には未だ分からないままなのだ。
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