49.脳筋の雄叫び

 和やかな雰囲気で会話を繰り広げていると、少し離れた場所からざわめきが発生する。


「おい、今の話って」

「キャサリン様が大会に出る? 冗談でしょう?」

「おい、リストってまだ出ないのか?」

「例年通りだともう出てもいい頃だが、なんせ今回は王家主催だからな。陛下の登場に合わせて出されるんじゃないか」

「だがなぜキャサリン様が……」

「いくらバルバトルが騎士を何十人も輩出している家系とはいえ、男女混合戦に出るなんて無謀すぎるぞ」


 先ほどまでクアラとライドに向けられていた興味の視線は私に移る。これをきっかけに入れ替わりについて打ち明けるか。


 一歩前に進もうとすると、クアラが片手を前に出した。チラリと表情を確認すればフルフルと首を振るだけ。まだそのタイミングではないということか、と思えばそうではないらしい。


「陛下がいらっしゃったぞ」

 観衆の中の誰かがあげた声で視線を壇上に移す。「今宵はよく集まってくれた」と挨拶は簡潔にすませ、すぐに本題に切り込む。


「皆も知っての通り、十日後に控えた剣術大会は昨年までとは違い、女性の参加を認めることとなった。その考えに至ったキッカケとなった二人を紹介しよう。キャサリン=バルバトル、クアラ=バルバトル、壇上へ」

「え、私?」

「まさか名指しされるとはね」


 クアラは苦く笑うと、行くよと私の手を引いた。ライド達から離れて壇上へ上ると、陛下がコクリと頷いた。

 アイゼン様の叔父様だけあって、近くで見るとよく似ている。本当はこんなに遠い人だったのだと改めて実感する。


「キャサリン嬢は身体の弱いクアラ殿の代わりに十一年間にわたり剣術大会に出場してきた。クアラ殿の回復に伴い、キャサリン嬢が剣術大会を欠席することはきっかけを考えれば当然のことだと言える。だが彼女が大会で優勝する実力を持ち合わせていることは皆も知っての通りだと思う。武力を重んじる我が国で、女性だからと活躍の場を奪っていいはずがない。存分に力を振るうことのできる環境を整えるべきだと考え、女性の大会参加を認めることとなった。これをキッカケとし、今後も女性の活躍の場がより広がることを願っている」


 陛下がそう締めくくると、一部から野太い歓声が上がる。

 うおおおおおお! と雄叫びが聞こえてくるエリアに固まっている令息達の顔にはもれなく見覚えがある。共同鍛錬場に向かうと必ずと言っていいほど剣を振っていた人達である。キャサリンを紹介して欲しいと言ってきた男性も数人。だが一番目立っているのは、ビルド殿の甥である。


「国のルールを変えてしまうとは、さすが若き剣王殿だ!」

 それどころか割れんばかりの拍手を送ってくれる。


 脳筋達による祝福は彼を中心に広がっていき「今年はキャサリン殿の本気が見られるぞ」「キャサリン殿〜、今度は負けませんよ!」「剣王の再来だ!」とお祭り騒ぎになる。完全に王家の夜会ということを忘れているようだが、陛下が気にした様子はない。むしろ受け入れて当然とばかりに大きく頷いている。こんなにアッサリでいいのか。


 私が言うのもなんだが、この国は脳筋が多すぎないか?

 とはいえ、軒並み好意的な反応で、壇上を降りてからも以前と変わらぬ熱量で受け入れてくれる。


「姉さん、良かったね」

 クアラは想定外の雄叫びを笑って喜んでくれているが、私達の元にやってくるのは脳筋だけ。一部の男女はまだ状況を飲み込めていないようだ。


「俺の女神が男……?」

「穢れを知らぬ天使だと思っていたのに……」

「男性だったなんて……騙されましたわ」


 聞こえてくる声はどれもクアラに向けられたもの。雄叫びさえもすり抜けてくる声は少ないが、輪の中ではさまざまな声が上がっていることが分かる。中にはハンカチで口を押さえる者までいる。


 クアラは平然とした顔をしているが、傷ついていないはずがない。


「クアラ……」

 帰ろう、と手を引いた時だった。


「邪魔よ。退いてくださる?」

 観衆を押しのけ、スタスタとこちらへ向かってくる令嬢がいた。シルビア様だ。

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