11.赤マントの騎士は剣王に仕えたい

「怒らせたようだったから、詫びの品を贈ったんだが突き返された」

「何送ったんだよ……」

「白百合の花束と紫魔石のイヤリング」

「……もしかしてこの前、一週間近く留守にしていた理由って」

「魔石採取に行っていた」

「そこまでするのか……」


 狩っても狩っても納得できる透明感のものが現れず、周囲に闇属性の魔物が見つからなかった時は本当に焦った。近くのギルドに特級依頼として出ていた魔物が闇属性でなければ、未だ帰ってこられなかったかもしれない。


 クアラ殿を知らぬ無知で愚かな冒険者たちがあんな魔物如きに手こずってくれたことに感謝をしたほど。


 そこから馴染みのドワーフに頭を下げて、クアラ殿とキャサリン嬢に似合う装飾品を作ってもらい、帰宅途中で購入した花束と謝罪の手紙を送った。


 そして即日で突き返された、と。


「そして送り返された際に一緒に同封されていたのがこのタオルだ」

「なんでずっとタオル首から提げてんだろうと思ってたよ! でもなんでタオル?」

「お前はまだ力不足だ、精進せよとのクアラ殿からのありがたいお言葉だろうな」

「……違うと思うけどな~」

「そうだ、今から手合わせをしよう」

「イヤだよ。俺、一度もアイゼンに勝てたことないし」

「精進せねばいつまで経っても弱いままだ。アッシュも第三王子の自覚を持て」

「俺が弱いんじゃなくて、アイゼンやお父様が桁違いに強いだけなの!」

「クアラ殿はもっと強い」


 クアラ殿は強い。剣を交えたのはあの時の一回限りだが、共同鍛練場に足を運ぶ彼の剣裁きをずっと目にしてきた。そして、キャサリン嬢へ紹介してくれと頼む男達をなぎ倒す姿も。


 強さを身に付けたからか、彼はもうあの時のように必死な目をすることはなくなった。だが強い相手に当たると、彼の口角は少しだけ上がるのだ。彼は戦いを、強者に触れることを喜んでいる。


 姉を守るだけで終わるような人ではないのだ。

 だから俺もあの人に相応しくなれるように、もっともっと強くあらねばならない。腰の剣に手をかければ、アッシュは顔を歪めた。


「もうクアラ殿が男でも女でもいいからさっさと結婚して、この男に首輪でもつけてくれよ……」

「俺はクアラ殿と結婚したい訳ではない」

「そうか? だが姉で手一杯のクアラ殿が結婚すれば、今度は配偶者に子どもと彼が気に掛ける対象はどんどん増えていくだろう。そうなればかつて一度負かしただけの男など視界にさえ映らなくなる」

「なん、だと?」

「それに王家と繋がりのないバルバトル家のクアラ殿に臣下にしてくれと頼んだところで気味悪がられるだけだろうな」

「ぐっ」


 薄々気付いていたことを……!

 剣の腕はそこそこどまりのくせに、アッシュは切れ味の鋭い言葉のナイフで切りかかる。


「まぁ俺はアイゼンが落ち着いてくれるなら、相手がキャサリン嬢でも一向にかまわないが」

「……俺が想いを寄せてきたのはクアラ殿だけだ。だがキャサリン殿を欲しいと思ったのも嘘ではない」

「どっちでもいいけど、早くしないと二人とも誰かに取られるぞ」

「それはつまりクアラ殿が戦闘で誰かに負けると?」

「彼が戦いを挑むのは騎士だけだ。そうでない相手とはキャサリン殿やバルバトル伯爵が手紙のやり取りをしている。そこから決まってもおかしくはないだろう」


 今まで何かを手に入れるためには力を示せば良かった。それで、今まで困ったことに突き当たらずに済んできた。


 我が家の権力を用いてキャサリン嬢への申し出を全て潰すことは簡単だ。

 だが、それは自らの欲のためにその他大勢を踏みつぶすということと同義である。姉に相応しい男を見極めるために剣を交えてきたクアラ殿の気持ちをも踏みにじることになる。


 一番の障害だった退屈を壊してくれたのはクアラ殿だ。力を示せなかった俺に、彼は幸福を与えてくれた。


 彼に仕えたい。

 その欲を叶えるには強さだけでは足りないと言うのか。


「……俺は。俺は、どうすればいい?」

「とりあえず進む道を決めるところから始めたらどうだ? 剣術だって同じだろ」

「やっぱり手合わせをしよう」

「それで答えが見つかりそう?」

「見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない」

「なんだよそれ。でもまぁさっきよりはいい顔してるんじゃないか」


 進むべき道はまだ分からない。

 考えたところでやはりクアラ殿への気持ちは変わらないし、キャサリン嬢への興味だってある。


 だが力だけではどうしようもならないことがあると分かっただけで、少なくとも一歩は前進した。この調子で足を進め、道を決めていけばいいだろう。


 冷静になるためにも、まずは鍛練である。

 今までのように己の身を磨き、そして今日からは精神をも鍛えよう。

 あの人の側に行くために。

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