51.成り上がり貴族
入れ替わりを打ち明けたことで魔物退治も父とクアラと一緒に三人で行くようになった。クアラはお茶会で度々抜けることもあるが、なるべくこちらを優先している。
大会まで残り十日を切っている。ライドも含め、三人で可能な限り鍛錬鍛錬鍛錬。ギリギリまで追い込んだら食事とお風呂の後に布団に潜れば自然と瞼が閉じていく。最後の三日はライドも我が家に泊まり込み、いよいよ大会の日となった。
「キャサリン嬢!」
「アイゼン様! 警備の方はよろしいんですか?」
「少し抜けてきた。これを渡したくて」
そう言ってアイゼン様がポケットから取り出したのは白いリボン。それも見覚えのある花が刺繍されている。
「グラジオラスですね!」
「刺繍はしたことがなくてな、もらったものほど上手くは出来なかった」
「え、これ、アイゼン様が刺したんですか!?」
「俺が出来ることはこのくらいだからな」
アイゼン様はもっと上手くできればよかったのだが……と恥ずかしそうに笑うが、とても慣れない人が刺したとは思えない。なにより時間がない中で、私のために贈り物をしてくれたことが嬉しい。
「ありがとうございます。私、頑張りますから!」
「陛下の隣で応援している」
それだけ告げるとすぐに陛下の元へと戻ってしまう。
「姉さん、それで髪結ってあげる」
「ありがとう」
後ろを向いてクアラにリボンを託せば慣れた手つきでサササッと髪を結い上げてくれる。
「うん、似合ってる」
「グラジオラスの赤が白のリボンによく映えるな」
軽く頭を振って解けないのを確認してから、待機場へと向かう。
基本的にはブロックごとで使う会場に近い待機場が割り振られるのだが、希望を出せば兄弟や親戚と同じ場所にしてもらえる。
私達が使うのは東側の待機場だ。中に入れば、令息達の視線が一気に集まった。
好奇の視線に、恋情を孕んだねっとりとした視線、ギラギラとしたやる気に満ちた視線と様々だ。だが夜会の時に比べればなんてことはない。
私も二人と同じく澄ました表情で椅子に腰掛ける。控え室にいくつも用意された対戦表の中の一つを手繰り寄せ、三人の間に置く。
「私はA、ライドがCでクアラがDブロックか。改めて見るとこのブロック編成……意図的なのかな?」
「俺はともかく、女性陣とクアラはわざと散らしたんだろ。アデル嬢とリラ嬢もそうだが、あの夜会には参加していなかった令嬢もなかなかの剣の使い手だと聞くしな」
「もう一人いるの?」
「ああ、名前は確か」
ライドが対戦表をなぞりながら名前を探している時だった。
「あんた達が若き剣王と姫さんか。剣王はともかく、お姫様は戦えんのか? 今からでもお家に帰ってあったかくしてココアでも飲んでた方がいいんじゃねぇか?」
煽るような言葉を投げかけてきたのは、ライドよりも背の高い女性だ。
ただでさえ身長差があるのに、こちらは座ったままなので余計に圧を感じる。
何より、口が悪い。私も令嬢らしい言葉遣いが出来ている自信はないが、ここまで酷くはない。
だがこの場にいるということは彼女もまた大会の参加者、つまりは貴族である。クアラが眉を顰めるのもよくわかる。
「あなたは」
「あたしはマルカ。剣王とその弟と戦えるって聞いてわざわざ王都まで来てみれば、弟の方がこんなに弱そうだなんてガッカリだよ。エルーダにいる魔物の方が何倍も歯ごたえあるんじゃねえか」
マルカと名乗った少女はカハッと笑って、あたりを見回す。弱そっ、と溢した言葉を誰も非難できないのは、エルーダ領という場所が特殊だから。
エルーダは北方にある小さな領で、常に魔物が溢れている。そんな土地を任されているのは、前回の魔の周期での活躍を認められ、貴族となった一族である。その歴史は百数十年と、貴族としては最も新しい家だ。
平民が武術を認められ、貴族になるという例は少なく、平民からも貴族からも『新進気鋭の成り上がり貴族』として期待の眼差しを向けられている。
名前は知っていたが、彼らが王都に来ることはほとんどなく、年頃の令嬢がいることも初めて知った。
その令嬢が会って早々喧嘩をふっかけてくるような人だとは思わなかったが、エルーダに暮らしているとなればかなりの実力者であることは確かだ。
だがクアラの実力も折り紙つき。なんせ赤マントの騎士と並ぶ実力なのだから。
「弱いかどうかは実際に戦ってから判断してもらえると嬉しいな」
「ハッ、あたしと戦うまでに負けなきゃいいけど。せいぜい頑張りなよ、お姫様」
マルカはヒラヒラと手を振って去っていった。
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