53.絶望するにはまだ早い
何事かとあたりを見回せば会場の方から悲鳴が聞こえてくる。それに混ざって聞こえづらいが『魔物』『ゲート』のワードもある。
「もしかして」
「ゲートが開いたんだ!」
なんでこんな日に……。
アイゼン様を筆頭として騎士団の人たちが何人も配置されているようだが、ここは大会会場だ。参加者や観覧者など、守るべき対象が多すぎる。
アデル様とリラ様も強いとはいえ、それは対人戦に限ってのこと。
アデル様はグッと拳を固めて恐怖を押し殺しているが、リラ様はカタカタと震えている。
同じく待機場を移ろうとしていた参加者の肩をグッと掴む。直接話したことはないが、顔には見覚えがある。
「すみません、彼女達を待機場まで連れて行ってください!」
そこまで行けば安全という確証はないが、確実に人はいる。この状況で騎士達が真っ先に向かうとすればゲートの発生場所か人が多く集まっている場所だ。頼みます、と頭を下げれば彼は二人を抱き上げた。
「キャサリン殿達は」
「会場に向かいます!」
「お気をつけて」
それだけ告げると、彼は来た方向へと走っていった。アデル様もリラ様もしっかりと彼に捕まっており、落ちる心配はなさそうだ。
三人が角を曲がったのを確認し、遭遇した魔物を倒しながら会場に進む。異様なほどに数も種類も多い。そのわりにゲートを見かけない。
会場に複数発生しているのだろうか。だが中に人がいるのを分かっていて簡単に逃すとも思えない。
発生しているとしたら二個や三個どころではなく、五、六はゆうに超えていることだろう。
「会場に着いたら私達はゲートを壊して回ろう」
コクコクと頷きあいながら進む。
そして会場に足を踏み入れてーー声を失った。
会場の至る所に小さなゲートが発生していた。だが一際目を引くのはそのどれでもない。ど真ん中には過去見たことのないほどの大きなゲートが開いていたのだ。
2階席すら越えるほどのそれからゆっくりと緑色の頭が出てくる。
「ドラ、ゴン……」
物語の中だけだと思っていたが、実在したのか。
周りの大人達があれが出てくる前に他の魔物を倒してしまおうと剣を振る中で、口をぽかんと開けたまま呆然と立ち尽くしてしまう。
あれと戦うのか……。
あの硬い鱗は剣でどうにかなるものなのか。そもそも弱点ってどこにあるんだろう。顔を下ろしたタイミングで目や鼻を狙うのか、それとも足や尻尾を地道に攻めるべきなのか……。
分からない。
だがここで引いてはあれが町に解き放たれてしまう。もっと魔物について勉強しておけばよかった、と手のひらに爪を立てる。
「ねぇクアラ、今まで読んだ本の中にドラゴンについての記載ってなかった?」
どの辺りを攻めていたとか、と続けようと振り返る。けれどクアラの耳に私の問いかけなど届いてはいなかった。
「なんで、なんでお前がいるんだよ! まだ一年以上も時間があるはずだろ! なんで、今なんだよぉ」
ボロボロと涙を溢しながら唇を噛みしめる彼は、まるで目の前のドラゴンがいつか現れることを知っているようだった。
「終わりだ。こんなところに現れたらもう、勝てっこない」
「クアラ! どうやってあれに勝とうとしていたの!」
「勝てない。洞窟や穴に連れ込んで相打ちまで持ち込むしかないんだ。そうやってここまで繋いできた……繋ぐしか、ないんだよ!」
それがドラゴンに勝つための方法であり、ここは洞窟でも穴でもないから無理なのだと。クアラはそう嘆く。
だが言い換えれば、あれを追い返すための方法がないわけではないということだ。
「どうやって繋ぐの?」
「まさか姉さん……」
「方法があるなら戦わないと。だから教えて」
「なんでいつもそうなの……。なんで逃げないの」
「逃げても何も変わらないもの」
「……今度こそ姉さんは幸せになれるはずだったのに」
クアラはボソボソと呟いてから、はぁ〜と大きなため息を吐いた。
姉さんは何回生まれ変わっても強情だの、こんなんだから何千年も婚期を逃し続けるんだと覚えのない悪口を言われたような気がするが、この際どうでもいい。
「ゲートと同じで、一定以上のダメージを加えれば消える。でもゲートと違って数日はかかる。大陸一強い男でも消すのに十日はかかる」
「つまり分担すればもっと早く終わるってことだな」
「アイゼン様!」
「すでに応援を要請している。騎士ではないあなた達に頼むのは心苦しいが、今は一人でも戦闘員が欲しい。協力してくれ」
「もちろんです!」
数日に及ぶ戦闘経験はないけれど、何事にも初めては存在する。その初めてが今だっただけだ。戦っているうちに弱点が見えてくるかもしれないし。
「まずは小さいゲートを壊さないと! クアラ、ライド、行こう!」
剣を手に、地面を蹴る。
絶望するにはまだ早い。ドラゴンだろうとなんだろうと敵になるなら倒すだけ。だって私は幸せを手放すつもりなどないのだから。
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