13.曲がった剣

 出直すことになったとはいえ、クアラからのお使いがあるので完全な無駄足にはならない。

 夕方から出てきて手ぶらで帰るのはさすがに勿体ない。クアラにも何かないかと聞いておいて良かった。


 ついでだから私が使う分の刺繍糸も買い足して、毛糸もクアラが好きそうな色があったらいくつか見繕っていこう。気に入ったら同じものをメイドに頼めば良い。


 手芸屋さんは東通りにあったはず。

 一度メイン通りまで戻ってそこから噴水広場を通って、花屋の角を曲がってそれからーーと、王都の地図を思い出しながら来た道を引き返そうと踵を返す。すると道を塞ぐように見覚えのある人が佇んでいた。


「クアラ殿!」

「ご無沙汰しております。ビルド殿もこの店に?」

「そうなんだが、今日は休みか」

「はい、残念ながら」

「昨日は賭場が休みだったから開いていると思っていたんだが……仕方ない。出直すか。クアラ殿も災難だったな」

「いえ、もう慣れてますから。今度来た時は開いていることを祈るばかりです。ところでその後ろのものは一体……」


 ビルド様は背中に籠を背負っており、中には大量の剣が突き刺さっている。正面から見ても彼の身体で隠れてしまっていないので、相当な量が突き刺さっているのだろう。


 一体何に使うのか。

 武器屋に持ってきた目的は大体予想が付くが、用途が分からない。


「ああ、これは授業で使ったんだ。丈夫に鍛えてもらったつもりだったのだが、どれも歪んでしまってな……」


 ほらこの通り、と籠から一本取り出してくれた剣は、ぐにゃりと曲がってしまっている。


 歪むなんて可愛いものではなく、一部だけ半円を描くようにくぼんでいる。


 ドワーフが鍛えた剣でなければ折れてしまっていただろう。相手の腕は無事かと心配になってしまう。


 おそらく歪めた張本人は目の前にいるビルド様だ。というか私は彼ほど強い力を持つ剣士とは会ったことがない。


 十一年前、死に物狂いで戦った私の判断は正しかったようだ。


「学園の授業ってここまでするんですね……」

 兄さんやライドに聞いていた話だと学園の授業は基礎鍛錬レベル。将来騎士になる予定のない生徒でもついて行けると聞いていたのだが、あれは嘘だったのだろうか。


 いくら幼少期から剣術大会出場義務があっても、軽く鍛錬をしている程度では腕が折れる。クアラもだいぶ上達していたと兄さんは褒めていたが、入学するレベルには到底及ばないようだ。


 私だってまともに受けたらどうなるか分かったものではない。


「なに、毎回するわけじゃないさ。たまにだ。特に今年の生徒達は例年以上に気合いが入っているからな~。私の方も気合いが入るというものだ」

「なるほど、隊分けに備えてですか。今年は騎士団入りが決まった生徒さんも多いと聞きました」

「私が受け持った生徒はほぼ全員、騎士団に入る予定だ。だがそれとは別に、今度の大会がクアラ殿に挑める最後の機会だからというのが大きいんだろうな。全員の身体と精神にみっちりとクアラ殿の偉大さを伝えたからな!」

「え……」


 何をしたのか聞きたいような、聞きたくないような……。


 伝えた結果が剣が曲がるほどの攻撃を受けることになったと考えると、深くは追求しない方がいいのだろう。


 ビルド様はいい人なのだが、どこか私を過大評価しすぎているところがある。


「何人か、適当な理由をつけてクアラ殿に手合わせをしてもらったとかで。それを聞いた奴らがますます燃えてな~。私も出来ることならもう一度手合わせ願いたいんだが」


 適当な理由で、と言われると思い浮かぶのはキャサリン絡みのみ。


 もしや妙に歓声上げていたのは彼の生徒達だったのだろうか。


 どうりで他の男性陣よりも一太刀が重かったわけだ。……代わりに全員動きが似通っていたので、癖を掴んでしまえば躱すのも楽だったが。


 だがまだまだ成長途中の彼らとビルド様とでは比べものにならない。


 最近はキャサリン目当ての男性陣の迎撃および対アイゼン様を目指して頑張っているが、それよりも前は鍛錬よりも令嬢としての動きや手習いの習得に重きを置いていた。


 剣の腕の方も鈍っているつもりはないが、彼の相手になるには些か力不足である。


「私ではビルド殿の相手になりませんよ」

「ハハハご謙遜を。クアラ殿に挑んだ男達は皆、国内トップレベルの腕前で、甥なんて今や私とほぼ互角に戦うのですよ」


 そんなに強かったのか……。

 大会では毎回そこそこで負けることに注力しすぎて、他の人達のランキングまでは目を通していなかった。


 だが今まで下した男性陣の中でも記憶に残っているのは、彼の甥を含めてわずか数人。片手でも数えられるほどだ。


 クアラとの会話の中で、もしや私はやりすぎたのでは? と気付いたが、事態は私が考えている以上に大事になっているのかもしれない。


 思わずヒクついてしまいそうな頬をなんとか気合いで押し込めた。


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