第11話

「んー、なるほど……?」


 少し考えてみたものの、理解できずにアマキはさらに眉を寄せる。マサノリは「つまりだね」と腕を組んだ。


「あの子には我々の身体の周りに、こう、色が見えるんだよ」


 やはりよくわからない。アマキはさらなる説明を求めてマサノリを見つめた。彼は軽く笑って「やっぱわからないよね。こんな説明じゃ」とスマホを取り出した。


「たしか、前に絵を描かせたことがあって……」


 呟きながらマサノリはスマホを操作し、やがて「あった、あった」とその画像をアマキに見せた。


「これが、あの子が見ている僕の姿だ」

「これ……?」


 そこに表示されていたのは、画用紙に描かれた一枚の絵だった。色鉛筆で描かれたのだろう。淡い色合いのそれは、まるで抽象画のようだった。

 真ん中には薄く描かれた人物が見える。髪や顔の細部もきちんと描かれているのだが、それを覆い隠すように人物全体が淡い緑色で塗りつぶされていた。その緑も一色ではない。薄かったり濃かったり。色んな色が混じり合った綺麗な緑色だった。

 アマキはスマホから顔を上げてマサノリを見る。


「……シロは、芸術の才能が?」

「うん。それはあるかもしれない。上手だろう? これ」


 マサノリは嬉しそうな笑みを浮かべて答えたが、すぐにその表情を曇らせた。


「でも、これは別に抽象画とか、そういうものじゃない。これがあの子から見た僕なんだよ。比喩でも冗談でもなく、ね」

「……えっと、それは目に何か異常があるとか?」


 しかし彼は首を横に振った。


「検査をしても異常は何も見つからなかったから、そういうことじゃないんだろうね。人間以外の動物や植物、生き物ではない物なんかは普通に見えてるようだし。ちなみに四月に検査したときの視力は両目とも一・五だった」

「え、めっちゃ良い」


 思わず呟くとマサノリは笑った。そしてスマホに視線を向ける。


「ただ、人間の姿だけがこう見えるみたいで」

「……人間だけ」


 アマキもスマホの画像へ視線を向けた。綺麗な緑色の向こうで優しく微笑むマサノリの姿。


「……シロには人の姿は全部こういう色に見えてるんですか?」

「いや。色は人それぞれ違うんだそうだ」


 彼は言いながらスマホを操作して別の画像を表示させた。そこには二人の人物が描かれている。どことなく見たことがあるような柔和な笑みを浮かべる二人の男女。彼らを覆い隠すように塗られている色は、淡い青色だった。


「これは、ここの店主夫婦だよ」

「店長たち……?」

「うん。僕は緑、店主たちは青。それが僕たちの基本カラーなんだそうだ」

「基本カラー、ですか」


 意味がわからず、アマキは首を傾げる。マサノリは頷き「その人が持つベースの色」と続ける。


「僕が思うに、たぶんその人の性格というか、個性みたいなものじゃないかな」

「個性の色、ですか」

「うん。その色は十人十色。同じような色だったとしても全部微妙に違う色なんだって言ってたよ」

「へえ……」


 たしかに店主夫婦を包み込んでいる淡い青色もそこに混じっている色は微妙に違うように見える。うまく青色に溶け込んでいるので、混じっているのが何色なのかはわからない。しかし、まったく同じ色というわけではなかった。


「そしてこの基本カラーには、その人の感情によって様々な色が混じってくるんだ。楽しい感情なら明るい雰囲気の色。マイナスの感情ならば暗い雰囲気の色がね。人っていうのは常に感情に振り回されて生きているから、きっとその人を囲んでいる色も目まぐるしく変化しているんだろうと思う。だから、あの子は人混みが苦手なんだ」


 マサノリの言葉を聞いてアマキはなんとなく納得した。

 彼女の体調が急に悪くなったのは、人混みに酔ったわけではなく目まぐるしく変化する人の色に酔ってしまったということだったのだろう。あれだけの人がいたのだ。もし彼の言うことが本当であるのなら、シロの目にはどんな色が見えていたのだろう。

 想像しようとしたが、アマキには想像すら難しかった。

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