―二月―
第39話
修学旅行の自由時間はクラスも関係なく、生徒たちがそれぞれ好きに街を観光してもいいという時間だ。小学校や中学校の修学旅行でも自由時間はあったが、どちらもクラスで決めた班行動が原則だった。
そう考えると高校の修学旅行は自由度が高い。しかも自由時間は二泊三日の日程の中で二日目が丸々充てられている。これに張り切らないわけがないのが碧菜だった。昼休憩や放課後、そしてアマキのバイト中など、暇さえあれば計画を練っていた。
一緒に行動するのは碧菜、アマキ、シロ、そして槇本の四人。ナベはさすがに今回は遠慮したらしい。碧菜は四人が行きたい場所をピックアップしてできるだけ回れるようにと勉強そっちのけでコースを考えていた。おかげで修学旅行前の中間テストの結果は散々だったそうだ。
そうまでして考えてくれた計画は碧菜にしてはしっかりと移動時間も考えて作られた現実的なものだった。これを見ただけでどれほど楽しみにしているのかがわかる。
その碧菜の想いが詰まった計画をアマキは朦朧とする意識の中で眺めていた。
「ほんっと、あんたはもう。子供じゃないんだから体調管理しっかりしなさいよ。修学旅行の日に熱出すなんて、もったいないにも程があるでしょ」
病床の娘に容赦ない言葉を浴びせてくる母は、そう言うとアマキからスマホを取り上げた。
「あー、ちょっと。何すんの」
「寝なさい。母さん、もうちょっとしたら仕事行くけど。ちゃんと寝るのよ? あと、お昼ご飯は冷蔵庫にあるからチンして食べること。無理してでも食べなさい?」
「わかったって。早く行ってきなよ」
アマキが頷いたのを確認して、母はスマホをテーブルに置くと「ほんと、タイミング悪い子なんだから」と呆れたようにため息を吐いて出て行った。
「――タイミング悪い、ね」
たしかにそうなのだろう。しかし逆に言えばタイミングが良いとも言えるかもしれない。碧菜には悪いと思うが、やはり多人数で行動することには抵抗がある。
碧菜のことだ。途中で別の友人に出くわして一緒に行動することもあるかもしれない。そうなったとき、気を遣って疲れてしまう自分が容易に想像できる。
ポンッとスマホが鳴った。しかしスマホが置かれたテーブルはベッドからは少し遠くて手が届かない。再びポンッとスマホが鳴る。アマキはため息を吐いてベッドから出ると、スマホを手にして再び布団に入った。そうしている間にも通知音が鳴った。
画面には碧菜からのメッセージが大量に届いていた。開いたそこには新幹線内で撮ったのだろう画像が何枚も並んでいる。
車窓からの風景、新幹線内の様子、そして碧菜と槇本のツーショットと、なぜかナベの隠し撮り画像まであった。それらを眺めながらアマキは妙に思う。シロが写っていないのだ。碧菜なら一緒に撮らないはずもないのに。
そのとき、再びメッセージが届いた。
『体調管理できない子にはお土産あげません!』
アマキは思わず笑う。
『ごめんって。お土産はいいから、わたしの分まで楽しんで』
するとすぐに返信が来た。
『言われなくてもフジたちの分まで楽しむから! あと、お土産は絶対いらないってやつ買って押しつけるからね! 受取拒否は認めない!』
「いや、どんな嫌がらせ……」
アマキは呟き、そして眉を寄せる。
「フジたちの分まで?」
そのときインターホンの音が響いた。まだ母は出掛けていなかったようで「はーい」と声が響いた。母がいるのなら起きなくてもいいだろうとアマキはホッと息を吐く。しかし、なぜかすぐにトントンと足音が近づいてきた。
来客ではなかったのかと不思議に思っていると、足音はアマキの部屋の前で止まった。
「一藤、友達がお見舞いに来てくれたわよ」
声と共にドアが開けられる。アマキはベッドに仰向けに寝転んだまま顔だけをドアに向けた。そしてそこに立つ大きな荷物を背負った少女を見て「は?」と呟く。
「じゃ、母さんは出るから。ごめんなさいね、お茶も出せなくて」
「いえ。お構いなく」
どこか幼く、しかし大人びた口調の声はすっかり聞き慣れたものだ。ドアが閉まり、母の足音が階下へと降りていく。しかし少女はドアから動かず、ただじっとアマキの方を見つめている。アマキは小さく息を吐くと苦笑した。
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