第40話

「なにしてんの? シロ」

「……アマキこそ」

「わたしは見ての通り、病人」


 アマキはゆっくりと身体を起こすと彼女に向かって手招きをする。彼女は少し遠慮するような様子を見せたが、おずおずと近づいてきた。


「まあ、荷物置きなよ。てか、その荷物って修学旅行用じゃないの?」

「うん」


 平然と頷きながら彼女は荷物を床に下ろし、膝丈まであるダウンコートを脱いだ。その下は制服だ。彼女はカーペットの上に正座をして座り、アマキと向き合う。


「朝は、行くつもりだったから」

「……なんで行かなかったの」

「アマキがいないなら行っても楽しくない」


 その答えにアマキはため息を吐いた。


「もう少し遅い時間に連絡すれば良かったか」

「それだと多分、途中下車して帰ってた」

「そういうことは普通やっちゃダメだからね?」

「そう。わかった」


 シロは無表情に頷き、そしてアマキの額に手を伸ばす。ひやりとした手が気持ちよい。


「熱い」

「うん。熱が高くて」

「仮病じゃなかったんだ」

「なんで疑うかな。仮病で修学旅行休んだら、あとでアオに何言われるかわかんないよ」

「たしかに」


 シロは薄く笑った。そして思い出したようにリュックを開けると、中からスポーツドリンクのペットボトルを取りだした。


「これ、飲む? プリンも買ったけど」

「ありがと。プリンも食べる」

「ん……」


 シロはプリンをアマキに手渡すと自分の分も開けて食べ始める。静かな部屋にはコチコチと時計の音だけが響いている。

 やがてプリンを食べ終えたアマキは「楽しみに、してたんじゃないの?」とカップを手にしたままシロを見た。彼女は無表情にアマキへ視線を向ける。


「頑張ってたじゃん。人混みでも大丈夫なように訓練するんだって。少しでもみんなと一緒に行動できるようにって。なのに、なんで行かなかったの」

「さっきも言った。アマキがいなきゃ楽しくない」

「アオや槇本さんがいるじゃん。二人と一緒でも楽しいでしょ? こないだだって普通に馴染めてたよ。わたしがいなくても、きっと楽しかったはずなのに」


 シロは何も言わず、ただじっとアマキの言葉を聞いている。アマキは「アオだって」と続ける。


「すごい張り切ってみんなで回るところ決めてたんだよ? メッセではわからないけど、きっと今、すごくガッカリしてると思う」


 するとシロは「それは、今度ちゃんと謝る」と神妙な面持ちで言った。


「謝るって……」


 謝るくらいなら行けばよかったのにとアマキは思う。あんなに楽しみにしていたではないか。初めてみんなと修学旅行に行くのだと、嬉しそうに言っていたのに。

 アマキは彼女が床に置いた荷物に視線を向ける。

 リュックは真新しい。きっと修学旅行のために買ったのだろう。シロのことだ。昨日は寝る直前まで何度も荷物をチェックしていたに違いない。初めての修学旅行に期待を膨らませながら。


「なんで、ここに来ちゃうかな」


 深く息を吐き出しながらアマキは呟く。


「ダメだった?」


 シロが不思議そうに首を傾げる。アマキは苦笑しながら「ダメっていうか、変でしょ。普通は修学旅行サボったりなんかしないって」と答えた。すると彼女は「でも」とアマキを見つめた。


「わたしは修学旅行に行かないのが普通だったから」

「え……」

「それに、最近はアマキの近くにいるのが普通になってる気がする。だから、わたしはわたしの普通でいようと思った。それだけだよ」


 シロはそう言うと柔らかく微笑んだ。


「修学旅行に興味はあったけどアマキと一緒に行きたかっただけだから。行けないなら行けないで別にいい」

「すごい楽しみにしてたじゃん」

「してたけど、旅行ならまたいつでも行けるってマサノリが言ってた」


 その言葉を聞いてアマキは目を見開く。


「修学旅行のサボり、マサノリさん公認なの?」

「わたしも病気ってことになってる」

「自由だなぁ、シロの家は。ちょっと楽しそう」


 アマキは声を出して笑う。しかし、シロは笑みを消して「アマキは窮屈そうだね」と言った。


「……なにそれ。わたしだって自由に楽しくやってるよ?」


 顔を逸らしながらアマキは乾いた声で笑う。しかしシロは笑わない。真面目な表情で「あの日から、なんか変」と続ける。


「あの日って?」

「みんなで海に行ったとき。アマキ、なんか変な顔してた」

「失礼だなぁ。わたしはずっとこんな顔だって。それともなに? また色が曇ってる感じ?」

「ううん。曇ってない。ずっと白いよ、アマキは綺麗な白のまま。それが変なんだよ。本当は」


 シロの言葉にアマキは視線を俯かせる。


「なにそれ」

「だって、普通はみんな一色じゃない」


 アマキはハッと彼女に視線を向けた。シロはまっすぐにアマキを見つめたまま続ける。


「気分や体調、一緒にいる相手によっても色は変わる。嫌いな相手だったら嫌な感じの色になるし、好きな相手だと綺麗な色になる。でも、アマキは違う」

「……前に、曇ってるって言ってなかったっけ?」

「言った。でも曇ってただけ。アマキは白いまま。それは普通じゃないんだよ」


 アマキは息を吐くようにして笑った。熱のせいだろうか。頭がぼんやりする。そして少しだけ、イライラする。


「アマキ?」


 シロが窺うように眉を寄せる。アマキはそんな彼女を見つめると「シロから普通じゃないって言われるとは思わなかった」と言った。

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