第41話
「……どういう意味」
「だってそうでしょ。普通じゃないのはシロじゃん」
ダメだ、とアマキは思う。しかし朦朧とした意識の中で言葉が勝手に口から出て行ってしまう。
「人の色が見えるって、なにそれ。全然普通じゃないよ。色でその人の感情がわかるとか、ちょっと怖いしさ。変なのはシロじゃん。それなのに、なんでわたしのこと変だって言うの」
「アマキが言ったんだよ」
感情的になっているアマキとは逆に、シロの声は落ち着いていた。アマキは眉を寄せる。
「何を?」
「普通っていうのは、きっと人それぞれにあるものだって」
アマキは目を見開いてシロを見つめた。
たしかに言った覚えがある。あれは、まだシロと出会ってそんなに経っていない頃だったように思う。彼女は「だから」と続ける。
「わたしにはそれが普通なんだよ。わたしの普通の中で、アマキは変」
「わたしは、普通だよ」
「それはアマキにとっての普通?」
「そうだよ。わたしは普通。シロよりも普通、なのに……」
アマキはため息を吐いて額に手をあてた。顔が熱い。なんだか目が潤んできた気がする。でもきっと、これは熱のせい。
「なのに?」
シロが先を促すように首を傾げた。アマキは額に手をあてたまま顔を俯かせた。
「シロの方が普通に見えたの。あのとき」
よく分からない感情が込み上げてきて声が震えてしまう。アマキは顔を手で隠すようにしながら「シロが、みんなと一緒に楽しそうにしてて」と続ける。
「それが、すごく自然で普通に見えて。シロはずっと普通になりたいって言ってたから良かったと思ったんだよ。でも、そこにわたしは溶け込めなくて。それが、なんか寂しくて。なんで――」
――なんで、わたしはそこに行くことができないのだろう。
そう思ったのだ。
行こうと思えば行けるはず。きっと碧菜たちは普通に迎えてくれる。誰もアマキを拒絶したりなんかしない。それはわかっている。理解している。それなのに、みんなの方へと足が踏み出せない。
シロの隣に立つことができない。
先に、進めない。
「それが、アマキの普通なんだよ」
そっとアマキの頭に優しく手が乗せられる。アマキが顔を上げるとシロは柔らかく微笑んでいた。
「アマキは恐がりで、慎重。人と関わることが怖いから自分の気持ちを自分からも隠してる。だからアマキはずっと綺麗な雲の色のままなんだと思う」
「なにそれ。どういう意味?」
シロはアマキの髪を掬うようにしながら「んー」と考える。
「つまり、アマキは変」
「……全然答えになってない」
シロは笑うと「わたしも変」と続けた。
「だけど、わたしもアマキも普通だよ」
「変なのに?」
「うん。変だからこそ、わたしとアマキが求めてるものは同じなのかも。だからわたしはアマキといると楽なんだと思う」
アマキはシロを見つめる。彼女は問うように首を傾げた。アマキはしばらく彼女を見つめ、そして「たしかに」と笑う。
「わたしもそうなのかも。考えてみれば、こんなこと今まで誰かに話したことなかったのに……。わたしもシロといると楽なのかもしれない」
「気が合うね。わたしたち」
シロは笑ってアマキの頭を撫でる。アマキはため息を吐きながら苦笑した。
「これ、いつもと逆じゃない?」
「アマキは病人だから、おとなしく撫でられてないと」
「いや、意味わかんないから」
「クロは風邪引いたとき、こうするとすぐ寝る」
「わたしは寝ないよ?」
「無理するのはよくない。寝ないと元気になれない」
シロはそう言うとアマキが布団の上に置いていたプリンのカップを取って床に下ろした。そしてアマキに横になるよう促す。
「無理させたのは誰だよ。シロが来るまでは大人しく寝てたのに」
アマキは笑いながらベッドに横になった。するとすぐにペリッと音が聞こえて額に冷たい何かが押し当てられる。
「あ、冷えピタ?」
「うん。これも買ってきた」
「看病する気満々だ」
「どうせ暇だし。着替えもある」
「えー、泊まる気?」
ゴソゴソと音がしたので視線を向けると、シロはベッドに背をもたれるようにして座っていた。その手には分厚い本がある。あの古本屋にいるときのように、彼女は読書を始めていた。
「――ねえ、シロ」
「なに」
「今度、修学旅行しようか」
「なんで?」
「修学旅行って高校で最後なんだよ? やっぱ行きたくない?」
「どこに?」
「んー、やっぱり京都かな」
「考えとく」
パラッと本のページをめくる音が静かな部屋に響く。
熱かった額が少しだけ冷やされて気持ちも落ち着いてきた気がする。身体も休息モードに突入したのか、眠気が押し寄せてきた。
「ねえ、シロ」
重たくなってきた瞼を閉じながらアマキはシロの名を呼ぶ。
「なに」
いつもと変わらぬ声は子供のように幼く、しかし大人のような雰囲気を纏っていて心地良い。
「わたしさ」
眠気に負けて声が出てこない。
「アマキ?」
「わたし、シロと――」
――友達になりたいのかもしれない。
シロが自分よりも先に行ってしまうような気がした。それはきっとシロと自分には何も繋がりがないと思ったからだ。友達という繋がりがあれば寂しくならないのではないか。そう思う。
――でも、友達ってどういうものだっけ。
「アマキ、わたしは――」
シロの声が遠くに聞こえる。心地良い声だ。
シロが近くにいると落ち着く。碧菜が近くにいるときとよく似た感覚。けれど、それよりも穏やかな気持ちになれるのはなぜだろう。
中学の頃に友達だと思っていた子たちは友達ではなかった。高校になるまで、きっとアマキには友達はいなかったのだろう。上辺だけ仲の良い振りをしていただけだ。
高校に上がって碧菜に出会った。碧菜はアマキのことを友達だという。そして、親友だと言ってくれる。きっと碧菜にとってアマキはそうなのだろう。ではアマキにとってはどうだろう。
ゆっくりと眠りに落ちていきながらアマキは考える。
――碧菜は、友達なのかな。
しんどいときに助けてくれて、そばにいてくれた。一人じゃないのだと気づかせてくれた。
――じゃあ、シロは?
ひやりと頬に心地良い冷たさを感じてアマキは薄く目を開ける。シロがベッドに腕をついてアマキの頬に触れていた。感情の読めない表情。しかし、アマキにはわかる。そこに優しい眼差しがあることを。
「とりあえずゆっくり休んで、アマキ。話の続きは元気になってから」
――そうだね。
熱に浮かされた状態で話したところで、自分の気持ちが分かるわけもない。アマキは微笑んで瞼を閉じた。
「おやすみ、アマキ」
優しい声に安心して、アマキは眠りの中へと意識を手放した。
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