第7話

 無事に参拝を終えた二人は、そのまま祭り会場へ向かう。そこは神社からほど近い場所にある商店街だった。長い商店街にはずらりと屋台が並んでいる。


「おお、すごい」

「たしかに記憶よりも屋台が多い気がする」

「買おう。早く、アマキ」


 シロがグイッとアマキの手を引っ張る。アマキは「はいはい」と笑いながら彼女に付き合って屋台をまわった。そして昼食を済ませたあと、シロは細い竹と格闘していた。


「これは、なかなか手強い」


 そう呟きながら彼女は正座した畳の上で背中を丸め、手に持った竹へ顔を近づけている。その様子を講師のおじさんが苦笑しながら見ていた。アマキはため息を吐く。


「シロ、そんな顔近づけたら危ないから。てか、屋内なんだしサングラス取りなよ。それしてるからよく見えないんでしょ?」

「いや、大丈夫。もう、ちょっとで……」


 言った直後、シロは「よし!」とガッツポーズをして身体を起こした。そして嬉しそうにアマキに顔を向ける。


「見て、アマキ! ほら、出来た!」


 そう言って彼女が掲げたそれは竹とんぼだ。講師の人が削ってくれたプロペラ部分を軸に差して組み立てるという、子供でも出来る簡単な作業だったのだが、完成させたのはグループの中でシロが一番最後だった。しかしシロはそんなことは気にもしていないのか「よし、アマキ。飛ばしてみよう」と意気揚々とテントを飛び出していく。


「ああ、シロ。飛ばすのはちゃんと決められた場所でね?」

「わかってる!」


 そんな声だけが返ってきた。アマキはため息を吐くと講師のおじさんに「ありがとうございました」と深く頭を下げる。


「いや、なに。ちゃんと飛ぶといいな」


 おじさんはどこか優しい口調でそう言うとシロが走って行った方へ視線を向けた。手がかかる子ほど可愛い、というやつかもしれない。アマキはもう一度礼をしてからシロの後を追った。

 指定された広場へ行ってみると、シロはなぜかその場に立ち尽くしていた。どうやらスマホを見ているようだ。


「飛ばさないの? 竹とんぼ」


 後ろから声をかけると、彼女は「いま、調べてるから」とスマホから顔を上げることなく言う。


「なにを?」

「竹とんぼの飛ばし方」

「……知らないのに勢いよく走ってきたの?」


 シロは答えず、ただスマホを見つめている。アマキは笑って「スマホじゃよくわかんないでしょ」と自分が作った竹とんぼを掲げる。シロは不思議そうに首を傾げながら顔を上げた。


「こうやって飛ばすんだよ。まあ、わたしも上手じゃないけど」


 言いながら竹とんぼの軸を両手で挟み、勢いよく右手を前方へ押し出した。すると竹とんぼはグルグルとプロペラを回転させながら上昇し、そしてすぐに落ちてきた。飛行高度、飛距離ともに一メートルといったところ。


「……まあ、結果はともかくとして、こんな感じ」

「なるほど」


 シロは頷くと、自分も竹とんぼを両手で挟んだ。そして同じように勢いよく右手を前方へと押し出す。シロの手から離れた竹とんぼは勢いよく青い空へと上がっていく。


「おお、飛んだ」

「飛んだね」

「めっちゃ飛んだよ、アマキ」

「うん。これはかなり……」


 シロの竹とんぼは予想外によく飛んだ。同じ飛ばし方をしたはずなのになぜだろう。きっとプロペラの具合が違うのだ。あのおじさんはシロ贔屓だったのだ。

 そんなことを思いながら竹とんぼの行く末へ視線をやる。そして「あ! やばいよ、シロ」と声を出した。


「広場から出て行っちゃうって、あれ!」

「ま、待て! 竹とんぼ!」


 慌ててシロが竹とんぼを追いかける。その後にアマキも続いたが、どう考えても間に合わない。シロの竹とんぼは広場の出入り口付近に立っていたグループに向かって落ちていく。


「そこの人、どいて!」


 シロの声が聞こえた。そう思った次の瞬間、グループのうちの背の高い男性が見事に竹とんぼをキャッチしてしまった。ホッとしたのも束の間、すぐにシロの「うわっ」という声が響いてきた。見ると、彼女は勢い余ってグループに突っ込んでしまったようだ。


「おお、危なぁ……」


 聞き覚えのある女の声の後に、カシャンと何かが落ちる音が聞こえた。アマキは息を切らせてシロに追いつくと「あの、すみません!」と謝る。そしてシロの腕を引っ張って腰を屈めた。

 シロは呆然とした表情でアマキを振り返る。その顔にサングラスがない。反射的に地面を見ると、落ちていたサングラスをグループのうちの誰かが拾い上げるところだった。


「シロ、怪我は?」

「……大丈夫」


 シロは無言で頷く。しかし、なんだか様子が変だ。その顔が青ざめている。転びそうになって驚いたのだろうか。アマキはシロの頭を撫でてやりながら「すみませんでした」と目の前のグループに視線を向けた。そして「え……」と目を丸くする。


「よ、フジ。偶然?」


 そう言って両手一杯に屋台で買ったのだろう食べ物を抱えている女性はニッと笑みを浮かべた。いつも学校で見慣れている笑顔。碧菜だ。


「偶然すぎない?」


 アマキは苦笑いを浮かべて彼女の両隣に立つ男女を見る。男性の方は知らないが、女性の方には見覚えがある。


「たしか隣のクラスの……」


 アマキが言うと碧菜は「そうそう」と頷いた。


「二組のマッキー。で、こっちは三組のナベ」


 碧菜が誰かを紹介するときにフルネームを言わないのはいつものことなので、もうそのまま話を進めることにした。どうせフルネームを聞いたところで明日になったら忘れている。


「で、彼女は天鬼一藤ちゃん」

「……なんでわたしだけフルネーム紹介」

「なんとなく」


 碧菜は笑うと後ろを振り返った。


「でー、あっちから大量に屋台で買ったものを持ってきてる二人がカヤマとサッチー」

「まだいたのか」


 呟きながらそちらへ視線を向けると人混みの中、必死にこちらへ駆けて来ようとしている男女がいた。

 二人とも背が高いのか、人混みの中でも居場所がよくわかる。ナベと呼ばれた彼も、かなり背が高い。バスケ部かバレー部といったところだろう。

 そのとき、クイッと服の裾を引っ張られた。下を見ると身体を小さく丸めるようにしたシロが何かに怯えるようにアマキにしがみついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る