第6話

 そして祭り当日。アマキは会場近くの駅前でシロのことを待っていた。

 地元駅で落ち合おうと思っていたのだが、シロが隣町の駅で構わないというのでそういうことになった。どうせ同じ電車に乗るのだから地元駅で待ち合わせても同じではないか。そう思ったのだが、どうやらシロは同じ電車には乗っていなかったようだ。

 アマキは改札の上にある時計へ視線を向ける。待ち合わせの時間は少し遅めの十一時。現在時刻は十時四十五分。


「……なんで電車の時間を確認せずに決めたんだろ」


 十一時ピッタリに着く電車などない。その事実に気がついたのは出掛ける準備をしていたときだ。田舎の単線は電車の本数が少ないのだ。スマホで確認すると電車は二十分早く到着するか、あるいは同じく二十分遅く到着するか、二つに一つの選択しかなかった。

 二十分早く到着する電車にシロは乗っていなかったので、おそらくは遅い方に乗って来るのだろう。ということはいまから三十五分ほど待ちぼうけということになる。


「――先に行こうかな」


 様子見、というやつに行ってみようか。そう思いながら足を踏み出しかけたとき「アマキ」と腕を掴まれた。アマキは驚いて思わず変な声を出しながら振り返る。そこにはサングラスをかけた小柄な少女が立っていた。


「せめて約束の時間までは待って」


 アマキは空いている方の手で胸を押さえながら大きく息を吐き出した。


「はー、もう、シロ。あんたどっから出てきた?」

「マサノリに送ってもらった」

「ああ、車か」


 だとしたら、十一時に待ち合わせというのも納得である。アマキは視線をロータリーの方へ向ける。しかし、そこに停まっているのはタクシーだけだ。


「で、そのマサノリは?」

「帰った」

「早っ」

「会いたかったの? マサノリに」


 シロに視線を戻すと彼女は可愛らしく小首を傾げていた。


「いや、ただ見てみたかっただけ。というか、なんでサングラス?」

「予防」

「予防……。まあ、たしかにこの時期の日差しはキツイかもだけど。帽子は?」

「それはいらない」

「ふうん?」


 紫外線を気にする年齢ではないだろうに。しかも目は守っておきながら日差しに一番晒される頭を守らないとはよくわからない予防策である。まあ、シロが帽子を嫌いなだけかもしれないが。

 そんなことを思っていると、シロがアマキの腕をグイッと引っ張った。


「早く行こ、会場はこっちだから」

「おお? 張り切ってるね、シロ」

「今日のスケジュール、さっきスマホに送っといたから見て」


 言われてスマホを確認すると確かにメッセージが届いている。開いたそれは分刻みのタイムスケジュールだった。


「ほう。なかなかハードですな。シロさん」

「覚悟しとけ。祭りは戦場だ」


 並んで歩きながらシロはニヤリと笑った。濃い色のサングラス越しの笑みはニヒル、と言えなくもない。しかしすぐにシロはその笑みを消した。


「って、マサノリが言ってたから、しっかりとタイムスケジュールを練ってきた。この通りに動けば完璧」

「マサノリ、一体この催しをどんな祭りだと……」


 呟きながらシロが立てたスケジュールのスタート地点を見る。最初は参拝、とあった。


「参拝って、神社?」

「うん。このお祭り、元々は神社にある竹林の整備をしたのがきっかけだって書いてあった。伐採した神社の竹でお守りを作ったりしたのが始まりだって。だから、その神社に最初にお参りするのが礼儀かと思って」

「へえ」


 そんな由来、アマキが眺めていた祭りのホームページには書いていなかったはずだ。とすると自分で調べたのだろう。アマキは横断歩道で立ち止まりながら隣でまっすぐに前を見据えるシロを見た。

 シロはわりと細かい性格らしい。きっちりしている、というべきか。そして無口だが素直。嬉しいことがあるとすぐに表情に出るが、それ以外の感情は読み取りづらい。


「アマキ、神社はこっち」


 信号が青になった途端、シロは横断歩道から外れて斜めに車道を進み始めた。慌ててアマキは「ストップ」と彼女の手を捕まえる。


「曲がるのは横断歩道を渡り終えてから」

「わかった」


 彼女は素直に頷いた。そして軽い足取りでアマキの前を歩いて行く。


 ――今日は楽しそう。


 小さな背中にそんなことを思う程度には、シロのことがわかってきた気がする。知り合いから一歩前進、といったところだろうか。

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