第5話

「アマキ?」


 答えないアマキを不思議に思ったのか、シロは首を傾げた。アマキは顎に手をあてながら「シロは、なかなか難しい質問をするね」と彼女を見つめた。


「難しい?」

「うん。だって、普通っていうのはきっと人それぞれにあるものじゃん?」


 しかしシロはよくわからなかったのか、さらに深く首を傾げた。


「マサノリは友達と遊びに行ったりするもんだって言ってたけど」

「そうか、マサノリがそんな変哲もない正解を……」


 どうやらマサノリの言う『普通』とは世間一般的に適用されている『普通』のことを言っているらしい。難しく考えてしまった自分が阿呆らしくなり、アマキは思わず笑ってしまう。


「まあ、いいや。それで? シロは毎年、マサノリが言うところの普通のゴールデンウィークを過ごしたりしなかったの?」

「しない。ゴールデンウィークは家にいた」

「ほう。一緒だね」

「アマキも?」


 アマキは頷く。


「じゃあ、アマキもわたしも普通じゃないんだ」


 シロはそう言って、ぼんやりとアマキが持っている預かり証に視線を向けた。アマキは預かり証のチェックをしながら考える。どうして彼女がこんなことを言ってきたのか。

 どうやらシロは今までの人生で友人とゴールデンウィークを過ごしたことがないようだ。そしておそらくは家族で旅行ということもなかったのだろう。マサノリは友達と遊びにいくものだと言っていたのだから。

 アマキはちらりとシロを見る。彼女は、やはりつまらなさそうな表情でぼんやりとしていた。とくに何かを期待している様子でもない。


「――どっか行く? 一緒に」


 なんとなくそう訊ねると、シロの眉がピクリと動いた。そしてアマキを見上げる。


「どこに?」

「んー、お祭りとか。たしか明後日だったかな。隣町でたけまつりやってるはず」

「たけ……。竹?」

「うん。竹細工とかの体験もできるとかできないとか。あと、屋台もけっこう出てる。何年か前の記憶だけど」

「行く」


 彼女はカウンターに身を乗り出しながら言った。とても嬉しそうに目を輝かせて。そんな彼女の反応にアマキは思わず微笑む。


「うん。じゃあ、行こっか」


 シロは嬉しそうに頷き、そして思いついたように「あ、だったら明日はここには来ない」と言った。


「え、なんでそうなる」

「準備しなくちゃ」

「なんの?」

「明後日。アマキと遊びに行く準備」

「……いや、別に何も必要なくない?」

「色々とある。マサノリに許可もらわないと」

「ああ」


 保護者の許可が必要、ということなのだろうか。今までの情報から、おそらくはマサノリがシロの父親であろうことは予想がつく。しかしわざわざ遊びに行くのに許可をもらわなければならないとなると、もしかすると過保護なのだろうか。

 思ってからアマキはシロの幼さの残る顔を見つめた。


 ――そっか。まだ中学生か。


 中学生が隣町まで親の知らない相手と一緒に遊びに行くのはたしかに許可を取る必要があるかもしれない。自分が中学生だった頃はどうだっただろうと考えてから、そもそも友達と遠出したことはなかったことを思い出す。


「アマキ」


 呼ばれてハッと我に返ったアマキの前で、シロは自分のスマホをカウンターに置いていた。


「え、なに」

「連絡先。これ、わたしの」

「ああ、そっか。待ち合わせの時間とか決めないとだもんね。あ、そうだ。祭りの詳しい内容もあとで送ってあげよう」

「よし。じゃあ、それを元に当日の計画を練る」


 シロは嬉しそうにそう言いながら、登録したばかりのアマキのアカウント名を『天鬼』から『アマキ』に変更していた。


「なぜ、わざわざカタカナに……」


 呟きながらアマキは登録したシロのアカウントページを開いてみると、名前はすでにシロとなっていた。アイコンも真っ白で何も変更する余地がなかった。


「そういえばさ、シロ」

「ん?」

「わたしのあだ名って、どうなったの」

「あー、考え中」

「まだ?」

「まだ」


 シロはそう言うとスマホをポケットに収めてニコリと笑った。アマキは「まあ、いいけど」と預かり証をシロに手渡した。


「店長たちが戻るのは明日の夕方だから、明後日以降にまたお越しください」

「うん、伝えとく。じゃあ、今日はもう帰る」


 言ってシロは店の出口へ向かう。その背中をアマキは手を振って見送った。

 カランッとドアベルが鳴り、一瞬だけ外の喧噪が流れ込んできた。そして再び店内が静かになった頃に「あ……」とアマキは声を漏らす。


「また明後日、とか言えばよかったかな。いや、それはなんか変だな。普通はまた明日、か?」


 そんなことを呟きながらスマホに視線を向ける。そこに表示されているのは真っ白なシロのアカウントページ。

 連絡先の交換をしたら友達という枠には入るのだろうか。しかし、それだと仕事の付き合いで連絡先を交換している大人たちは友達だらけになってしまう。ということは、まだ知り合いといったところか。それとも一緒に遊びに行くのだからもう友達なのだろうか。

 アマキは「んー、普通はどこからが友達なんだろうなぁ……」と呟きながら椅子に座り直すと、とりあえず祭りの情報をシロに送ってあげることにした。

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