―五月―

第4話

「ねー、フジ。ゴールデンウィークのどっかで遊ばない? いつでもいいからさ」


 連休前日の放課後、教室で帰宅の準備をしていたアマキはクラスメイトの綾坂あやさか碧菜あおなにそう声をかけられた。碧菜とは一年のときに同じ図書委員だったことがきっかけで、なんとなく話すようになった。悪い人間ではない。しかし少々金遣いが荒いので一緒に遊ぶのは大変である。

 だからというわけではないが、アマキは「あー、ごめん。たぶんバイト」と誘いを断った。


「いや、たぶんって何だよ」

「うちのバイト、けっこう直前にシフト変わったりするから」

「えー」


 碧菜は不満そうに声を漏らし、アマキの机に寄りかかる。


「てか、なんのバイトしてんだっけ? 聞いてないんだけど」

「古本屋」

「え、つまんなそう。遊びに行っていい?」

「ダメ。てか、なんでつまんなそうなのに来ようと思った」

「フジもつまんない思いをしてるんじゃないかと思って」


 アマキは笑いながら「真面目に楽しくやってますよー」と鞄を持って席を立つ。


「じゃあ、暇な時間ができたら連絡してよ。いつでも合流可能だから。夜でもいいよ?」

「ん、わかった。じゃ、わたしは帰る。あんたは早く部活に行きなさい」

「んー、でもどうせ遅刻だし」

「なおさら早く行け」


 アマキの言葉に碧菜は笑って教室を出て行った。アマキはため息を吐きながらスマホでスケジュールを開く。

 バイトの予定は連休最初の二日だけ。それ以外の日に予定は何も入っていなかった。すでに店長たちの予定も変更が無いと確認済みである。

 別に碧菜と遊びたくないわけではない。彼女とはわりと気が合うほうだし、一緒に遊びに行けばそれなりに楽しい。しかし碧菜の交友関係の広さが問題だ。ときどきアマキがまったく知らない相手とも一緒に遊ぶようなことすらある。別に人見知りというわけではないが、やはり知らない相手というのは気を遣う。気を遣えば当然のことながら疲れる。疲れるのは嫌なのだ。


 ――あの言い方だと、絶対に他の子もいるんだろうしなぁ。


 遊んでいて疲れる相手というのは友達のうちに入るのだろうか。いや、碧菜と遊ぶことが疲れるわけではないので碧菜とは友達ということになるのか。まあ、財布は疲れてしまうが。

 そんなよくわからないことを考えながらアマキはスマホをポケットに入れて教室を後にした。

 そして突入したゴールデンウィーク初日。旅行だ祭りだと賑やかな世の中から隔離されたかのように静かで平穏な小さな古本屋のレジカウンターの中。アマキはのんびりとコーヒーを飲みながら買取待ち用のテーブルで分厚い本を開いている少女を眺めていた。


「ねー、シロ。それ面白い?」


 ズズッとコーヒーを啜りながらアマキは訊ねる。


「面白くない」


 顔を上げもせずに即答したシロに、アマキは思わず苦笑する。


「なんで読んでんの?」

「マサノリが勉強になるぞって言うから」

「へー、マサノリが……。ちなみに、なんていう本?」

「広辞苑」

「なるほど」


 たしかに言葉の勉強にはなるのかもしれない。アマキはもう一口、コーヒーを啜る。するとシロがおもむろに本から顔を上げた。


「飽きた」

「だろうね」


 アマキの言葉にシロはため息を吐いて席を立つ。そして広辞苑をカウンターの上に置いた。


「えーと、何?」

「査定をお願いします」


 ぺこりとシロが頭を下げる。


「ああ、これも買取希望だったんだ? もう勉強はいいの?」

「飽きたから」

「そっか」


 アマキは笑いながら預かり証の作成を始める。その様子をシロはカウンターの前に立ったままじっと見つめていた。

 カタカタとパソコンのキーを打つ音が響く。BGMも何もない店内には、その音だけしか聞こえない。意外と防音性の高い建物なんだなと改めて思う。そのとき「アマキ」とシロが口を開いた。


「んー?」

「ゴールデンウィークって何してるの?」

「え、バイトしてるじゃん。今、まさに」

「ずっと?」


 アマキはパソコンから顔を上げた。シロはカウンターに頬杖をついてアマキのことを見ている。


「まあ、シフト入ってるのは明日までだから、残りの三日は暇してる」

「ふうん」


 シロはつまらなさそうな顔でそう答えた。そちらから聞いておきながら、このつまらなさそうな返事はなんだろう。思ってからアマキは「シロは?」と聞いてみる。


「明日はここに来る」

「残りの三日は?」

「暇」

「ふうん」


 再びアマキはパソコンに視線を戻して預かり証の入力を続けた。そしてプリンタの電源を入れて印刷。プリンタが仕事をする音が店内に響き渡る。

 出来上がった預かり証にミスがないか最終チェックをしていると「普通は」とシロが言った。


「どうするもの? ゴールデンウィーク」


 アマキは顔を上げる。シロは相変わらず頬杖をついてアマキを見ていた。しかし、その表情はまるで数学の問題を当てられたかのように険しかった。


「んー、そうだなぁ。普通は――」


 アマキは答えかけてから眉を寄せる。


「普通か……。普通、ねぇ」


 普通は、きっと旅行に行ったり遊びに行ったりするのだろう。

 誰と?

 家族、または友達だろうか。

 しかし、それが普通であると定義するのは少し違うような気がする。アマキにとって普通のゴールデンウィークの過ごし方は、去年までは自室に引きこもることだった。稀に家族と出掛けることもあったが、それはイレギュラーなことで普通ではなかった。人が多いとわかっている場所にわざわざ出掛けるなんて疲れるだけじゃん。そんなことを言っては誘いを断る。それが普通だったのだ。


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