第23話
「シロ、今日は疲れてるってマサノリが言ってた」
いつものようにテーブルに着いたクロは持ってきたジュースを飲みながら少し心配そうな表情を浮かべた。
「疲れてる?」
「うん。新学期から新しい学校になったから疲れてるんだって」
「へえ」
アマキは首を傾げる。
「転校したってこと?」
「シロ、よく転校してるから」
「よく? そんな引越してんの?」
しかしクロは「引越はしてないよ」と首を振った。意味がわからずアマキはさらに首を傾げた。
「引っ越してないのに転校はよくするの?」
「うん。たぶん、今回で四度目の転校」
「四度?」
ということは、単純に考えて一学期毎に転校しているということになる。
「なんでそんな……」
「シロ、学校が嫌いだから合うところを探してるんだってマサノリが言ってった」
クロはノートを広げながら言った。アマキはそんな彼女を見つめる。
「……なんで学校嫌いなの?」
するとクロもアマキを見つめてきた。その視線は何かを探っているような、そんな雰囲気だ。そういえば、とアマキは思う。クロはシロのことを知っているのだろうか。シロが見ている世界のことを。
「――アマキは」
しばらく見つめ合っているとクロが眉を寄せながら首を傾げた。
「何色?」
一瞬、その質問の意図が理解できずアマキは動きを止めた。そしてクロが難しい表情で首を傾げているのを見て、思わず吹き出してしまう。
「な、なんで笑うの! アマキ!」
クロは心外だとばかりに顔を真っ赤にしている。アマキは笑いながら「ごめん、ごめん」と謝った。
「いや、でも、うん。そっかそっか」
クロも知っているのだろう。シロのことを。そしてアマキと同じ事を考えていたようだ。果たしてアマキがシロのことを知っているのかどうか。
「わたしは雲の色だって言われたよ」
「雲……。じゃ、知ってるんだ?」
「うん。知ってる」
アマキは頷き、そして小さく笑う。クロは「まだ笑う……」と頬を膨らませた。アマキはもう一度謝りながら「でもさ」とクロを見た。
「その質問はちょっと変態みたいだからやめたほうがいいって」
「変態?」
「いきなり何色って聞かれたら変態っぽくない? まるで下着の色でも聞いてるみたい」
「……たしかに」
クロは少し考えてから神妙な面持ちで頷いた。
「今度からは気をつける」
「そうした方が良いね。クロの名誉のためにも」
アマキが笑うとクロも笑った。しかし、その笑顔はすぐに消えて再び心配そうな表情が戻ってきた。
「学校ではサングラスもできないから、シロはいつも具合悪くなっちゃうの」
「あー、なるほど」
たしかに教室でサングラスはさせてもらえないだろう。いや、事情を話せば特別に許可は下りるかもしれない。そんなことを考えていると「でもシロ、学校にはちゃんと行くらしくて」とクロが付け加えた。
「嫌いなのに?」
「うん」
クロは頷くと、少し遠いところを見るような目で「たぶん」と続けた。
「普通にしたいんじゃないかな。普通に学校行って、普通に友達つくって普通に遊びたい。たぶんシロはそう思ってる」
たしかにシロは普通にこだわっているように思う。それは自分が普通ではないということを自覚しているからだろう。そして普通でいたいというその気持ちは、きっと彼女よりは普通であるアマキにはわからない。しかし、とアマキはクロを見た。
「クロは?」
アマキの言葉にクロは不思議そうな顔をする。アマキはそんな彼女を見つめながら「学校、ちゃんと行ってる?」と聞いた。瞬間、クロは驚いたように目を見開いた。
「……なんで?」
「んー、なんとなく」
答えながらアマキはテーブルの上に視線を向ける。彼女はいつもここで勉強をしている。最初は宿題をしているのだろうと思っていた。しかし、どうやら違うようだと気づいたのは彼女が広げているノートが学校で板書を取ったものではなかったからだ。そして解いている問題も教科書とは別の、明らかに自分で購入した市販の参考書。
中学の授業で市販の参考書を使うとは思えない。かといって、クロの性格を見ていると予習をするようなタイプとも思えない。
「自宅学習?」
アマキが問うと彼女は視線を伏せた。
「――たまに、行ってる。テストは受けないといけないから」
「そっか」
いつものクロからは想像もできないほど、彼女は身体を小さくして俯いてしまった。まるで何かを怖がっているかのように。アマキはその様子を不思議に思いながら「じゃあ」と言葉を続ける。
「テストで赤点ってかなりまずいんじゃないの? しっかり勉強しなきゃ」
アマキの言葉にクロは「へ?」と顔を上げた。拍子抜けしたような表情だ。アマキは「え、なに」と戸惑う。
「夏休み前、赤点とったんでしょ?」
「そうだけど、そうじゃなくて」
彼女はそう言うと眉を寄せる。
「何も言わないの?」
「何を?」
「学校行かなきゃダメだとか、なんで行かないんだ、とか……」
クロは自分で言いながらその言葉に嫌悪感を抱くかのように顔をしかめている。アマキはそんな彼女を見て苦笑した。
「別にいいんじゃない? 学校なんて行きたいときに行けばさ」
「え……」
「だってクロはちゃんとこうやって人と触れ合ってるし、勉強だってちゃんとしてる。シロっていう勉強を教えてくれる良い先生もいるし。別に問題ないんじゃない?」
クロはしかめっ面のまま「じゃあ、アマキは」と疑うような口調で言った。
「学校行きたくて行ってるの?」
「んー、わたしは暇だから行ってるかな」
アマキの答えに、クロは首を傾げた。
「暇だから?」
「うん。学校サボっても行くところないしさ。暇なんだよねぇ。だから暇つぶしに行ってる」
「ああ、だから勉強はアオの方ができるんだ?」
「待った。なんでそうなるの?」
思わず問い返すと彼女は「だって」と笑う。
「アオは勉強と、あと友達と一緒にいるのが楽しいから学校行ってるって言ってたもん」
「うっそ、マジで? アオ、勉強楽しいって?」
「うん。そう言ってたよ。勉強は楽しいよーって」
――絶対ウソだな。それ。
友達と一緒にいるのが楽しいというのはともかく、勉強の部分は絶対にウソだと確信する。しかし、クロはそれを素直に信じているようだ。アマキはため息を吐いて「まあ、いいや」と呟いた。そしてクロを手招きする。
「なになに? なにかくれるの?」
目を輝かせてクロがカウンターまで移動してくる。アマキは「うん、じつはアオから預かってるものがあってね」と封筒を彼女に手渡した。
クロは不思議そうに封筒を見ていたが、中を見て「あ! 写真!」と嬉しそうに写真を撮りだした。そしてカウンターの上に一枚一枚並べていく。それを見てアマキは「へえ」と声を漏らした。
クロの封筒に入っていた写真はアマキがもらったものとは少し違っていたのだ。どうやらアオはそれぞれが写っているものを丁寧に分けて封筒に入れていたらしい。
「あ、これはアマキとかき氷食べたときのやつ!」
嬉しそうにクロがカウンターに置いたのは、かき氷を持ったアマキとクロが寄り添うようにして笑顔で写っているものだった。
「これ、美味しかったよね!」
「たしかに。練乳がなんか普通と違う感じだったね」
アマキも写真を見ながら笑みを浮かべる。クロの反応は予想通りだ。彼女は丁寧に写真を見ていくと「アルバム買わなきゃ」と嬉しそうに呟いていた。
――早くシロにも渡したいのにな。
クロはたしか隣に住んでいると言っていた。ならば彼女からシロに渡してもらおうか。一瞬そう考えたが、やはり自分から手渡してあげたい。アマキは小さく息を吐く。
「来週は来るかな。シロ」
「うん。元気になるといいね」
呟いたクロは少し寂しそうだ。アマキはそんな彼女を見つめて「しょうがない」と笑みを浮かべた。
「今日はアオもいないし、わたしがクロの勉強を見てあげよう」
しかしクロは「えー」と嫌そうに顔をしかめた。
「なに、その反応」
「だってアマキは勉強苦手なんでしょ?」
「……苦手なだけであって、できないわけじゃないから。数学はアレだけど」
アマキは答えながらテーブルに視線を向ける。
「今、なにやってんの?」
「英語」
「よし、任せろ」
「……大丈夫?」
疑わしそうにクロがアマキを見る。アマキは思わず苦笑した。
「ま、わかんないところがないなら別にいいけど」
「ある」
「じゃあ、持っておいで。わたし、そっち行けないから」
「わかった」
結局、クロは素直に勉強道具を持ってカウンターに移動してきたのだった。
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