―九月―

第22話

 夏休みは瞬く間に終わり、気がつけば新学期を迎えて二週間が過ぎていた。しかしいまだに気温は真夏のように暑く、学校に来るだけですべての体力を奪われたように怠い。教室にクーラーがついていなければ間違いなく登校拒否をしていたことだろう。


「フジ、おはよう!」


 そんな暑さにも怠さにも負けず、いつもと同じようにハイテンションでアマキの席にやってきたのは碧菜だった。


「……あんたはいつも元気だねぇ」


 頬杖をつきながらアマキは前の席に座った碧菜を見つめる。彼女はなぜか照れたように「えー、そんな褒められても何にもでないよ?」と笑った。アマキはため息を吐きながら「それで?」と頬杖をやめて碧菜が手にしている封筒へ視線を向けた。


「なにそれ。ラブレター?」

「うん」

「え、マジで? もらったの?」

「あげるの」

「うっそ。誰に?」

「シロちゃんとクロ。それからフジに」

「……はあ?」

「まあ、受け取ってよ。はい。シロちゃんとクロにも渡しておいてくれる?」


 手渡された封筒は分厚い。アマキは自分の名が書かれた封筒の中身を覗くと「ああ」と笑う。


「写真か。なに、わざわざ現像したの?」

「そう。やっぱさ、こういう思い出はちゃんと形にして残しておきたいじゃん? データ送って終了じゃ、素っ気ないって言うかさぁ。データは消えたらおしまいだし」

「写真だって無くしたら終わりじゃない?」


 アマキが言うと碧菜は嫌そうに眉を寄せた。


「フジはほんとそういうとこあるよね」

「どういうとこよ」


 アマキは笑いながら「でも、うん」と写真を見て微笑んだ。


「よく撮れてんじゃん」

「でっしょ? 花火の日は夜だったから、まあ、アレだけど。公園で遊んだときのはバッチリ」

「そうだね。アオ、写真撮るの上手いじゃん」


 アマキは微笑みながら一枚の写真を手にして眺める。それはシロが楽しそうに竹とんぼを飛ばしている写真だった。

 彼女が飛ばした竹とんぼが青空に向かって高く飛び上がっている。それを見上げるシロはサングラス越しからでもわかるほど楽しそうだった。


「夏の思い出って感じだよね」


 碧菜はアマキの持つ写真を覗き込みながらそう言うと「そういえばさ」と椅子に座り直した。


「全然話変わるんだけど、二学期から隣のクラスに転入生来てたの知ってた?」

「え、そうなの? 全然知らない」


 アマキが目を丸くすると碧菜は腕を組みながら「だよね」と首を傾げた。


「わたしも昨日の夜、マッキーと電話してて初めて知ったくらいだし」

「へー。アオが知らないって珍しくない? よく隣のクラスにも遊びに行ってんじゃん」

「そうなんだけどさ。なんかその子、一度も学校来てないらしくて。転入初日も来てないから担任も別に紹介とかしてなかったんだって。でも新学期からなぜか机が増えてて、昨日ようやく誰かが担任に聞いたらしいんだよね。転校生でも来るんですかって」

「そしたら、もう来てますって言われたの?」

「らしいよ。最初、冗談かと思ったってマッキー笑ってたわ」

「そりゃね……」


 アマキは軽く笑いながら「でも」と椅子の背にもたれた。


「転校初日から不登校って、何か訳ありなのかな」

「どうだろねぇ。話によると女子らしいけど。今日、マッキーがもう少し詳しく探り入れるって言ってたから、何かわかったらフジにも教えてあげよう」

「ああ、うん。いや、そこまで興味はないけど」

「まあまあ、そう言わず。続報を待ちたまえ」


 碧菜はなぜか得意げな表情でそう言うと自分の席に戻っていった。アマキは次の授業の準備をしながら「転校生、ねぇ」と呟く。

 新学期に転入してくるのは別に珍しいことではないだろう。学校に来ないのも家庭の事情があるのかもしれない。なにより隣のクラスのことだ。


 ――やっぱ、興味ないな。


 アマキは思ってから碧菜にもらった写真の封筒を折れ曲がったりしないよう気をつけながら鞄に入れる。きっとこの写真を渡せばクロは大喜びすることだろう。その様子が容易に想像できてアマキは微笑む。

 シロはどんな反応をするだろうか。みんなと普通に遊んだ思い出が形として残ることを喜んでくれるだろうか。


 ――どんな顔するのか、ちょっと楽しみかも。


 しかし、その週の土曜日。店に来たのは珍しくクロ一人だけだった。

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