第21話
「二人ともお待たせ! おすすめメニュー、めっちゃ買ってきたよー」
大きく片手を振って言いながらやってくるのは碧菜だ。その隣には両手にビニール袋を下げたクロもいる。二人はアマキたちの前で立ち止まると同時に息を吐いた。
「いやー、疲れた。さすがに量が多かったね。クロもご苦労さん。それ、その石段に置いちゃおうか。中身に気をつけてね」
「了解!」
クロは元気よく返事をすると、そっと石段の上に二つのビニール袋を置いた。ソースの良い香りと甘くて美味しそうな香りが混じり合っている。アマキは呆れながら腰に手を当てた。
「どんだけ買ってきたわけ?」
「いやー、だってさ、シロちゃんの食の好みがわからないから。とりあえず美味しそうなやつは全部買ってきた」
「バイト代、なくなったんじゃない?」
碧菜は答えず、ただ笑って誤魔化す。
「ね、アオ。もう食べてもいい?」
「おお、いいよ。よくぞ我慢した。そこに座って食べな。あ、人が来るかもしれないから邪魔にならないようにね」
「わかった」
クロは頷くと、石段の隅に腰を下ろして袋の中身を取り出す。どうやらたこ焼きを食べたかったらしい。幸せそうな表情で大きなたこ焼きを一つ口に放り込んでいる。そんなクロを優しい表情で見つめる碧菜に「あの、アオ」とシロがおずおずと口を開いた。瞬間、碧菜は目を見開いてシロへ視線を向ける。
「え、いま、わたしのことアオって呼んだ?」
「……呼んだけど」
「うっそ、聞いた? ね、フジ! 聞いた?」
よほど嬉しかったのか、碧菜がアマキの肩を叩いてくる。アマキは顔をしかめながら「いいから、ちゃんと聞いてあげて」と真面目に碧菜に言う。すると彼女は何かを察したのか「ごめん」と静かになった。そしてシロを見つめる。
「なに? シロちゃん」
「……えっと」
彼女はグッと顎を引くと「ごめんなさい」と碧菜に頭を下げる。
「へ? なにが?」
「さっき、失礼な態度をとったから」
「さっき? ああ、別にいいのに。気にしてないよ?」
動揺した様子の碧菜はヘラッと笑いながら片手を軽く振る。しかしシロは「よくない」と碧菜を見つめた。
「アオ、わたしのために今日の計画を立ててくれたってアマキに聞いた。それなのに、あんな態度を取ったから、だから、ごめんなさい」
「――フジ、余計なことを」
碧菜がジトッとした目でアマキを見てくる。予想外の反応にアマキは「えぇ?」と一歩後ずさる。
「なんでよ。だって事実でしょ?」
「そうだけどさー。そういうのは見えないところでやってるのがカッコいいわけじゃん?」
「いや、それはよくわからないけど。でも、まあ、良かったじゃん。シロ、ようやくアオが良い奴だってわかったみたいだし」
アマキの言葉に碧菜は「えー」と不満そうな表情を浮かべた。
「わたし、悪い奴だと思われてたの? そうなの? シロちゃん」
「あんまり好きじゃなかった」
「うっわ、正直すぎない? ショックなんだけど。凹むわー。悲しい」
「でもアオ、なんか、嬉しそうだよ?」
シロがじっと碧菜を見つめながら言う。碧菜の色は何色なのだろう。チカチカすると言っていたから、きっと碧菜らしく明るい色なのだろう。
シロと嬉しそうに会話をする碧菜を見つめながらそんなことを考えていると、ふいに碧菜が「あ、もうすぐ花火だよ!」とアマキに視線を向けた。
「どうだった?」
アマキはニヤリと笑う。
「アオの言った通りだったよ。全然来なかった」
「やっぱりねぇ。さすがわたし」
シロとクロは不思議そうに顔を見合わせている。アマキは「実はね」と二人に笑みを向ける。
「アオが花火を見る穴場を見つけたんだよね。あんまり人が来なくて花火がよく見える場所」
「へー、すごい! どこなの?」
クロが食べかけのたこ焼きを手にしたまま立ち上がる。碧菜は「それはね」と得意げに笑って石段の上を指差した。
「この上!」
「神社?」
シロが首を傾げる。碧菜は「そう!」と元気よく頷いた。
「いやー、色々探してたんだけど公園とかそういうところはカップルやら家族やらが多そうじゃん? でも神社。しかも、こういう小さな神社は夜ってけっこう不気味だからみんな来ないんじゃないかなぁって思ったわけ。ここは会場からもちょっと距離があるし」
「実際、わたしとシロがここに来てから誰も来なかったでしょ?」
シロは頷く。
「つまりこの上は人がいない。かつ、海がよく見える。絶対花火も超見える! 行こう、シロちゃん!」
碧菜がシロの手を掴んで階段を上がって行く。
「まったく。子供かっての……」
アマキはため息を吐いて石段に置かれている袋に手を伸ばす。するとクロが「わたしも持つ」と片方の袋を持ってくれた。
「ありがとう、クロ」
「こちらこそ、ありがとう」
クロはニコリを笑って言う。
「ん、なにが?」
「シロ」
クロは言いながら石段を見上げる。
「なんだか優しい顔になったから。アマキのおかげでしょ」
「んー、どうかな」
よくわからない。シロの顔つきが変わったのは確かだが、それはシロが自分で何かを感じ、そして自分で変わったからではないだろうか。
「アマキは似てるね」
クロが石段を上がりながら言った。アマキはその後ろに続きながら「似てる?」と聞き返す。
「うん。シロに似てるよ。なんか、そんな気がする」
「そう?」
「そうだよ。だから、シロのことよろしくね!」
クロは立ち止まり、振り向いてそう言うと「二人とも待って!」と石段を駆け上がっていく。アマキは首を傾げる。
――よろしくって言われても。
どうしたらいいのかわからない。アマキは石段を上がりながらシロを見る。彼女は楽しそうな様子で碧菜とクロと話をしている。
――でも、そうだなぁ。
あの楽しそうな表情をずっと見ていたいかもしれない。そう思う。そのとき、シロが立ち止まって振り返った。そして大きく手を振る。
「アマキ、早く! 花火始まるって!」
「ちょっと待ってよ。わたしの体力の無さをみんなにわかってほしいんだけど」
アマキは言いながらも足を速めて三人に追いつく。
その日、自分たち以外誰もいない神社でみんなと見た花火は、人生で見たどんな花火よりも美しかった。
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