第20話
楽しそうな人混みをかき分け、できるだけ人がいない場所へ。
やがて辿り着いたのは祭り会場から少し高台に登った先にある小さな神社だった。アマキは石段に腰を下ろすとポンポンと隣を叩いてシロに座るよう促す。彼女はやはり何を言うこともなく、大人しくアマキの隣に腰を下ろした。
気まずい空気が二人を包み込む。アマキは小さく息を吐くと「シロ、ほんとにどうしたの?」と口を開いた。
「何が気に入らないわけ? 言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」
「アマキが、怒ってるから」
シロは拗ねたような口調でそう言った。アマキは首を傾げる。
「さっきもそんなこと言ってたけど、なんでそう思うの? まあ、今は多少不機嫌だけど」
すると彼女はサングラスを外してアマキを見つめる。そして「白くないんだもん」と視線を逸らした。
「白くない……?」
一瞬、何を言われたのか理解ができずに考える。そしてすぐに「ああ」と納得する。
「わたしって白いんだっけ? でも人の色ってあれでしょ? 感情とかで色々変わったりするんでしょ? だったらわたしだって――」
「アマキはずっと白かった。ずっと、わたしと会ってるときは真っ白で綺麗だったのに色が変わっちゃったから。だから、アマキが何か怒ってるんだと思って」
アマキは困りながら「いつから?」と訊ねる。
「……クロを連れて行った日」
なんとなく思い当たる節がある。アマキはため息を吐いた。
「何色?」
シロが不思議そうに顔を上げた。
「今のわたしは何色に見えてるの?」
「……雪が降りそうな雲みたいな色」
「んー、灰色?」
しかしシロは首を横に振る。
「雲の色だよ」
どうやらこだわりがあるらしい。アマキは苦笑する。
「たしかにシロがクロを連れてきたとき、なんで連れてきたんだろうって思ったかな」
「……怒った?」
「ううん」
アマキは少し微笑み、そして「いや、どうなんだろ」と膝に視線を落とした。
「別にクロのことが嫌いとかそういうんじゃないんだよ? 良い子だしさ。でも、なんていうか……」
シロに友達がいることを知ったことが嫌だった。そう言おうとしてアマキは言葉を呑み込んだ。
――なんだそれ。
それではまるでクロに嫉妬したみたいではないか。
「いやいや、ないわ」
思わず口に出して自分の考えを否定する。シロが不思議そうに見てきたのでアマキは慌てて「なんでもない」と笑った。
「でもまあ、それでわたしの色が変わったとしてもだよ? なんでそれでシロが不機嫌になるの」
なんとか話を逸らそうとアマキはシロを見つめる。彼女は「嫌われたのかと思って、最初は悲しかった」と顔を俯かせた。
「でも、アマキがアオを連れてきて嫌な気持ちになった」
「え……」
「アマキがアオと仲良くしてるの見て、なんか、嫌だなって思ったんだけど、理由はよくわからなくて。アマキ、わたしと話してるときよりもアオと話してるときの方が楽しそうで。それも悲しくて、なんか、嫌だった」
一生懸命に自分の気持ちを話すシロを見てアマキは思わず「あー、もう」と両手で頭を抱えてしまう。
「アマキ? どうしたの」
「いや、待って。ちょっと自己嫌悪っていうか」
アマキは頭を抱えたまま深く息を吐き出した。そして手を下ろすとシロに笑みを向ける。
「それだよ。わたしの色が変わった理由」
シロは怪訝そうに眉を寄せた。
「シロは自分の色は見えないの?」
「見えない」
「そっか。もし自分の色が見えてたらさ、シロもわたしと同じような色になってると思うよ? だって、同じだもん」
「同じ?」
「うん。シロがクロと楽しそうにしてるの見て嫌な気持ちになったの。それはたぶん、ヤキモチってやつでさ。シロもアオにヤキモチ焼いたんだよ、きっと」
「ヤキモチ……」
シロは言葉を繰り返し、そして「なんで?」と首を傾げた。そういう疑問を持ってしまうあたり、シロとアマキは似たもの同士なのかもしれない。ただ、アマキの方が少しだけ人付き合いの経験値が高いらしい。アマキは笑う。
「自分以外に仲の良い人がいたのが嫌だったんじゃない?」
それを聞いてシロはしばらく難しい表情で考えていたが、やがて「そうかも」と神妙な顔で頷いた。
「だって、アマキがわたし以外の人と仲良くしてるの見たのは初めてだったし」
「その言葉、そっくり返すからね」
アマキが苦笑しながら言うとシロは嬉しそうに笑った。そして「よかった……」と安堵したように呟いた。
「何が?」
「アマキ、また晴れた夏の日の雲みたいになったから」
「わたしの色は雲の色なのね?」
「うん。すごく綺麗」
まっすぐな笑みでシロは恥ずかしげもなくそんなことを言ってくる。アマキは思わず視線を逸らしながら「それは、どうも」と顔を俯かせた。
「アマキ……?」
不思議そうなシロにアマキはこの場に来て何度目かのため息を吐く。そして「でもね、シロ」と顔を上げた。
「アオに対して、あの態度は良くないよ」
「だってアオ、見てるとチカチカするし」
「チカチカ……。アオの色ってそんなカラフルなの?」
シロは神妙な面持ちで頷く。思わずアマキは笑いながら「だったとしても、だよ」と気を取り直して言葉を続ける。
「アオ、あんたと仲良くなりたいって一生懸命に今日のプラン考えてたんだからね」
「今日の?」
「そう。遊ぶ約束をした日からもう毎日のように連絡が来て大変だったんだから。わたしならシロのことわかってるだろって」
「わたしのために……?」
「そう。アオね、シロに嫌われてるんじゃないかって凹んでたんだよ。だからどうしても仲良くなりたいって、すごく一生懸命だった。アオがあんなに頑張って遊びのプラン練ってるの、初めてだったんだから」
連日の深夜連絡を思い出してアマキは思わず笑ってしまう。
「……わたし、悪いことした」
「そうだね」
俯くシロの頭をアマキはポンと叩く。
「アオに謝りたい」
「うん。じゃあ、謝っちゃおう。ちょうど来たみたいだし」
アマキは手を下ろして立ち上がる。シロも不思議そうな顔で立ち上がったが、道の向こうからやってくる人影を見て息を吐くようにして笑った。
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