第19話
そして花火大会の日。アマキは待ち合わせ場所である駅前に立っていた。集合時間にはまだ十五分ほどある。
シロは前回の待ち合わせの様子から時間ピッタリに来るのだろう。クロはおそらくシロと一緒。碧菜は遅刻の常習なので、今日も少し遅れるかもしれない。そんなことを考えながらアマキは駅前を行き交う人の姿をぼんやりと眺める。
今日の花火大会はこの街の一大イベントの一つだ。海上で打ち上げられる花火は数も多く、そのクオリティも高いと評判らしい。しかしアマキは子供の頃に家族と一緒に見たのが最後だった。去年は碧菜に誘われたが、彼女の友人も多く来るのだろうと予想して断った。
「――久しぶりだなぁ」
浴衣姿で祭り会場へ向かう集団を眺めながら呟く。そのとき「お! フジ早いじゃん!」と聞き慣れた声が響き渡った。驚いて振り返ると浴衣姿の碧菜がやってくるところだった。
「……ウソでしょ」
思わず呟いたアマキに碧菜は「え、なにが?」と首を傾げた。
「だって、アオが時間よりも早く来るなんて……」
「いやいや、なにそれ。馬鹿にしてんの?」
碧菜は怒ったように言ってため息を吐いた。
「わたしだってね、たまには時間を守るよ?」
「いつも守ってほしい」
「……それよりさ」
碧菜は話題を逸らすようにバッと両手を広げて見せた。
「いいっしょ? 浴衣! わたし超かわいい!」
アマキは苦笑する。
「自分で言うの?」
「わたしが言わないとフジは褒めてくれないでしょ」
「はいはい。可愛い、可愛い」
「気持ちがまったく感じられないんだけど」
碧菜はそう言うと「フジも浴衣着てくればよかったのに」と残念そうにアマキの服に視線を向けた。アマキは肩をすくめる。
「持ってない。浴衣」
「レンタルっていう手もあったよ?」
「そこまでして着ようとは思わない……。あ、来た」
アマキは碧菜の後ろに視線を向けながら言った。一般車用の駐車スペースに見覚えのある車が停まっている。その中から私服姿のシロと浴衣姿のクロが出てきた。クロはアマキたちを見つけると一目散に駆けてくる。対してシロは周囲を見ないように顔を俯かせながらゆっくり歩いてきた。
「アオも浴衣だ! かわいい!」
「おー、ありがとう。クロは良い子だねぇ。クロも可愛いよー」
碧菜はクロを抱きしめるようにしながら頭を撫でる。
「シロちゃんは浴衣じゃないのか。残念」
ひとしきり抱きしめて満足したのか、碧菜はクロを解放してシロに視線を向けた。シロは「持ってない。浴衣」と素っ気なく答える。すると碧菜は吹き出すように笑った。
「フジと同じ台詞じゃん」
「……アマキも持ってないの?」
シロがアマキに顔を向ける。アマキは「うん。持ってない。一緒だね」と笑みを浮かべた。
「一緒……」
わずかにシロは微笑む。そしてハッと気づいたようにリュックからサングラスを取り出した。見ると、電車が到着したのか駅から大勢の人が出てくるところだった。
「シロちゃん、もう暗くなるのにいらなくない? サングラス」
不思議そうに首を傾げる碧菜にアマキは「あー、この子のサングラスは防具みたいなもんだから」と説明する。
「は? なに?」
「人混みに酔うんだよ、シロ。サングラスしてるとそれが緩和されるから、夜でもつけてんの」
「へえ。でも見えなくて危なくない?」
「それは、ほら」
アマキは言いながらシロと手を繋ぐ。
「こうしとけば大丈夫でしょ。迷子にもならないし」
「……わたし、高校生なんだけど」
シロが不満そうに言った。アマキは苦笑して「まあ、いいじゃん」と宥める。
「人が多いとはぐれるかもしれないしさ。はぐれたら面倒じゃん?」
「たしかに。じゃ、クロはわたしと繋ごうか」
「うん!」
クロは嬉しそうに碧菜と手を繋ぐ。碧菜はそんなクロを優しく見下ろしてから「よし! 行くか!」と気合いを入れた。
「ちゃんとわたしとフジでスケジュール立ててきたからさ。人混みが苦手なシロちゃんでも楽しめるプランだよー」
しかしシロは何も反応を示さない。一瞬、碧菜が残念そうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したのか「いざ! 祭りへ!」と声を高らかに歩き出した。
「シロ」
シロと手を繋ぎ、碧菜たちの後ろを歩きながらアマキは声をかける。周囲にはすでに出店が並び、人の数も多い。それでもシロはサングラスのおかげか足取りはしっかりとしていた。
「……なに」
聞き逃してしまいそうな小さな声だった。アマキはため息を吐く。
「最近、なんでそんな不機嫌なの」
するとシロはちらりとアマキを見上げる。そして「不機嫌なのはアマキの方」と言った。意味がわからずアマキは「わたし?」と眉を寄せる。
「わたしはいつもと変わらないけど? 平穏な毎日で不機嫌になるようなことなんて何も……」
しかしシロは首を横に振る。そのとき、碧菜が「シロちゃん! たこ焼き食べようよ!」と戻ってきた。そしてシロの手を掴む。
「じつは知り合いが店出しててさ。めっちゃ美味いから!」
「知り合いって……。あんた、どこまで交友関係広いの?」
アマキが聞くと彼女は笑う。
「五月のお祭りで知り合いになったんだよねぇ。全屋台のたこ焼き食べたんだけど、その中でも一番でさ」
「……アオの胃袋がどうなってんのか心配なんだけど」
「アオ、すごい!」
クロが尊敬の眼差しを碧菜に向けている。碧菜は得意げに「でしょ?」と笑うとシロの手を引っ張った。
「だから、ほら! 行こう?」
「行かない」
シロが俯きながら答える。それでも碧菜は「あ、大丈夫だよ。ここはわたしが奢るし」と懸命に笑みを浮かべている。
「行こうよ、シロちゃん」
「……行かないって、言ってるのに!」
シロは怒鳴ると碧菜の手を振り払った。瞬間、アマキは思わず「シロ!」と声を荒げていた。シロがビクリと肩を震わせたのがわかる。
「あんた、いい加減にしなよ?」
「あー、フジ? いいから、別に。そんな怒らないでもさ。わたしが無理に連れて行こうとしたのが悪いんだし」
碧菜が動揺した様子でアマキに言う。その隣ではクロが不安そうにシロとアマキを見ていた。
「……アオはクロと一緒に出店回ってて。花火のとき合流しよう」
「え、いや、え? どこ行く気?」
アマキは答えずにシロの手を引っ張って歩き出した。シロは抵抗するでもなく、ただ黙ってついてくる。
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