第27話

「……まさか帰っちゃったとは」


 昼休憩、碧菜は中庭のベンチに座ってパンを頬張りながら呟いた。アマキも隣に座って「二限の途中で帰ったって、先生言ってたね」とジュースを飲む。

 碧菜はパンの残りを口に放り込むとベンチの背にもたれてズルズルと体勢を下げていく。


「わたしのせいかなぁ」


 空を見上げながら彼女は呟くように言った。アマキは何も答えず、スマホを眺める。シロからは何も連絡がない。


 ――また写真、渡し忘れたな。


 そんなことを考えていると「おーい、フジ」と声がした。視線を向けると碧菜が不満そうにアマキのことを見ていた。


「え、なに」

「なに、じゃないよ。親友が凹んでるんだから、ここは『そんなことないよ』って励ますとこじゃん?」

「あー、そうなんだ? じゃあ、そんなことないよ」

「ぜんっぜん励まされてる感じがしない」


 碧菜はアマキを軽く睨むと、深くため息を吐いて再び空を見上げた。


「まー、先生も言ってたじゃん? シロが早退するのはよくあることだって」

「たしかに保健室行ったら帰ってたってことはあったけどさぁ」


 ぼやくように言う碧菜をアマキは横目で見る。彼女はぼんやりと空を眺めたままだ。


「毎日行ってたんだ? わたしが休んでる間」

「……フジが気にしてるんじゃないかと思って」

「わたし?」

「うん。でもまあ、無駄だったわけだけど」


 再び深いため息が聞こえた。アマキも空を見上げる。すっかり秋の気候である。カラッと腫れた空は穏やかだ。そんな穏やかな空を見つめながらアマキは「アオはさ」と口を開いた。


「なんかシロに対しては違うよね」

「ん、なにが?」

「いや、なんか、シロってアオが友達になりたいって思うタイプじゃないじゃん? でも、やたら気にしてるなと思って。意外な感じ」

「ふうん、そう?」

「うん。まあ、わたし自身もアオの友達とは違うタイプだから、なんで構ってくれるのか不思議なわけだけど」


 実際、碧菜の友達は彼女と似たタイプしかいない。活発で人気者。そして周囲の空気を作り出すことができるような、そんな雰囲気の人たちばかりだ。

 しかしアマキは違う。学校では基本的に一人で過ごすし、騒がしいことは苦手。人の多い場所にだって行きたくないし、団体行動も得意ではない。

 改めて考えれば考えるほど、どうして碧菜がアマキと一緒にいてくれるのか理解できない。アマキは横目で彼女を見る。彼女もまたアマキを見ていた。そしてため息交じりに「フジはわかってないなぁ」と言葉を洩らした。


「わかってないよ、フジは。全然わたしのことわかってない」

「まあ、そうかもねぇ」


 たしかに碧菜のことはわからない。アマキが納得していると彼女は「わかってないけど、わかってくれるからなぁ」と小さな声で続けた。


「言ってる意味がよくわからないんだけど」

「つまり、フジはわたしのことまったくわかってないけど、すごくよくわかってくれてるってこと」

「いや、だから――」

「だからわたしはフジの親友になったんだ」

「……そこにわたしの意思は?」

「関係ないって。わたしがなりたいからなったの」


 碧菜はそう言うと身体を起こして「シロちゃんのこともさ」とアマキの顔を見ながら続けた。


「たしかにちょっと取っつきにくいし、普段のわたしだったら自分から話しかけに行かないタイプだけど、フジの友達だからね」

「わたしの、友達?」

「そう。フジの友達はわたしの友達」

「なにそれ」


 アマキは苦笑する。


「友達の友達まで友達だったら、アオの友人関係すごいことにならない?」

「だーかーら、違うって。フジの友達だからわたしの友達なの。友達には学校が楽しいって思ってもらいたいの!」


 アマキの方へ身を乗り出し、まるで子供のように碧菜は言う。アマキは「はいはい、わかったって」と彼女の肩を押して身体を離した。


「わかった? ほんとに?」

「いや、ほんとは全然」


 アマキは笑いながらジュースを一口飲む。


「なんでアオがわたしの親友になりたいのか、まったくわかんない」

「なりたいじゃなくて親友なんだってば。わかんない奴だなぁ」

「その言葉、そっくり返すわ」


 アマキは笑いながら「まあ、でも――」と碧菜を横目で見る。彼女は眉を寄せて「でも?」と首を傾げた。


 ――少し、嬉しいかもしれない。


 しかし口に出して言うのは恥ずかしい気がする。


「でも、なに?」

「なんでもない」

「なんだよ、それ」


 碧菜は不満そうに口を尖らすと「ま、いいや」と再びベンチの背にもたれた。アマキも同じように座り直しながら「シロのことはさ」と微笑む。


「わたしが何とかするよ」

「……なんか知ってんの?」

「ん?」

「先生が言ってた。ちょっと事情があって保健室にいても学校に来たら出席扱いにしてるんだって」

「ああ、うん。そうだね。事情は知ってる。だからわたしが何とかしてあげたいんだよね」

「ふうん、そっか」


 碧菜は頷き、そして嬉しそうに笑う。


「なんで笑うの」

「嬉しいから」

「なんで」

「親友の成長が」

「ほんっと意味わかんないよね、アオは」


 アマキの言葉に碧菜は声を出して笑う。そんな彼女を見つめながらアマキは「アオの言う親友ってさ」と首を傾げた。


「友達とは違うの?」


 すると彼女はきょとんとした表情を浮かべて「んー」と考えるように空へ視線を向けた。


「友達はさ、一緒にいると楽しい存在。親友は――」

「親友は?」


 碧菜は少しの間考えてから「特別、かな」と微笑んだ。


「特別……」

「そ。わたしにとって親友は一緒にいたい存在。特別」

「ふうん。それは彼氏とは違うの?」

「恋愛とは別物でしょ、友情は」

「へえ」


 やはりよくわからない。どうして碧菜が自分と一緒にいたいと思ってくれるのかわからない。そう思われるようなことをした覚えもない。ただ、やはりそう言われると少し嬉しい気持ちになる。

 アマキは微笑みながら「そういえば彼氏とは上手くいってんの?」と碧菜に聞く。


「あー、別れた」


 碧菜の答えにアマキは「また振られたか」と笑う。碧菜はムッとした顔で「今度はわたしが振ったのかもしれないでしょ!」と睨んできた。


「そうなの?」

「違うけど!」


 碧菜は悔しそうに唇を噛んでいる。アマキは笑いながら持っていたジュースを差し出した。


「飲む? もうぬるいけど」

「全部もらう」


 言うが早いか、碧菜はアマキの手からジュースのパックを奪い取ると一気にストローを吸い上げた。慌てて取り戻したが、すでに中身はほとんどない。アマキはため息を吐き、そして碧菜と笑い合う。

 こういう時間が楽しい。

 こうやってくだらないことで笑える相手がいれば、きっと学校は楽しくなるのだろう。シロにとって自分がそういう存在になれたらいいのに。

 そんなことを思っていたとき、スマホに一件のメッセージが届いた。そこに表示されている名前を見てアマキは目を見開く。

 シロからだ。

 開いたメッセージには短い一文。


『明日、教室に行ってみる』


 アマキは思わず微笑んだ。そして返信をしようとしたとき、再びメッセージが届いた。


『一緒に学校行ってくれる?』

「……聞かなくても行くのに」


 呟きながら返信する。


『もちろん』

「なにスマホ見ながらニヤついてんの、フジ」

「うん。シロがね、明日は教室行ってみるって」


 一瞬、驚いたように動きを止めた碧菜だったが、すぐに「そっか」と笑みを浮かべた。


「じゃ、わたしもできることしとこうかな」


 言って彼女は立ち上がる。


「なにするつもり?」

「ひみつ」


 彼女はそう言って口元に人差し指を当てると「先、戻ってるわ」と校舎へと消えていった。

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